2015年3月18日水曜日

第10回 「参火会」3月例会 (通算374回) 2015年3月17日(火) 実施

番外編 「イスラムを考える集い」

進行役・岩崎学氏

日本人人質の湯川遙菜氏と後藤健二氏を拘束し殺害するなど、その残虐行為によってにわかに注目されるようになった過激派組織「イスラム国」(ISイスラミック・ステート)」。なぜ、このような過激派組織が生まれたのか? その最新版ともいえる番組が、NHKBSで3月15日午後10時~11時50分に放送されました。会は、BS1スペシャル「追跡 過激派組織ISの闇」の、後半の映像を視聴することから、スタートしました。



この番組は、2014年6月に「カリフ(ムハンマドの後継者)制国家」を樹立し、自身が新たなカリフとなったことを宣言した謎の指導者アブバクル・バグダディが、どんな人物かに焦点があてられました。彼のことを知る、ISの元戦闘員、アメリカ政府元高官ら100人を取材したことで浮かび上がってきたのは、バグダディがアメリカのイラク中東政策の隙をついて、過激派のネットワークを築き、豊富な資金源を獲得していった詳細な手口と、世界中に影響を及ぼす巧妙なメディア戦略の舞台裏など、最前線の現場への取材から、国際秩序を揺るがすISの知られざる実態に迫るというものでした。

バグダディは20代のころ、バクダッドの「イラン大学」で神学生として博士号をとります。2004年、ブッシュアメリカ大統領が、イラクにある大量破壊兵器を探し出すという名目でしかけた「イラン戦争」に敵対したことで捕まり、10か月間収容所(キャンプ・ブッカ)に入り、さらに、2006年から3年間もここで過ごしました。この収容所は、巨大な過激派養成所のようなところで、サダム・フセイン元イラク首相 (2006年12月30日に処刑) の指導を受けた高度な戦術を身につけた人物が大勢いて、バグダディは彼らから過激思想を感化されます。特に、ザルカウィ(2006年のアメリカ空爆で死亡)が、2020年を最終勝利年とする7段階の「世界規模のカリフ制の再興目標を2005年に公表) からテロの指南を受け、シーア派と対立させてスンニ派とのジハードを徹底させる「恐怖支配」を洗脳されたといいいます。ところが、米国防情報局の元長官の証言によると、2009年9月、アメリカはバグラディをイラン政府に引き渡したところ、イラン政府はバグラディを釈放。「これは最大の誤算」と証言していました。

さらにアメリカの誤算は、2006年、アメリカがスンニ派の過激派を抑えるため「スンニ自警団」を設置して10万人もの雇用を確保したものの、2011年アメリカ軍がイラク撤退後、イラクのマリキ首相(シーア派)は、スンニ派を抑圧して迫害政策をとります。フセインの支持団体「バース党復活」を恐れた行動だったようですが、結果的にスンニ派の実力者たちがマリキの恐怖政治に耐えられなくなり、「イラクのアルカイダ」と合流したのがISの母体だというのが主な主旨でした。

結論的にいえることは、IS誕生の背景には、アメリカのイラク攻撃があり、アメリカの一方的な攻撃によってフセイン体制が崩壊し、その混乱の中でバース党の残党とイスラム過激派が結びついてできあがった組織といえそうです。バグダディも元バース党員で、あのときブッシュ政権が「大量破壊兵器を所有している」というデマに基づいてイラク攻撃をしなかったら、ISは存在しなかったし、ブッシュ政権のイラク戦争を全面支持した日本も同等に責任を負っているといえるようです。



その後、メンバーの山本明夫氏の独自の取材による補足説明が行われ、現在の中東の国々は、第1次世界大戦末期の1916年、イギリス人のサイクスとフランス人のピコが「サイクス・ピコ協定」を結び、人工的な国境線を引いたことに基づいていること、そのためにシリア東部はスンニ派、イランの西部もスンニ派の地域にもかかわらず国境線が引かれているため、両方の国でスンニ派が抑圧される中でISが生まれたことなど、説得力ある話が印象的でした。

いっぽう、第2次世界大戦後、労働力が不足したことで、欧州諸国は旧植民地などからムスリムの移民をたくさん受け入れたことが、イスラムとの対立の原因という意見がありました。フランスはアルジェリアから、イギリスはインド・パキスタン・バングラディシュから、ドイツはゲストワーカーの名目でトルコから。各国とも、一定期間働いたあと国にもどるのが前提だったのに、実際には多くが定住して今では外国人ではなく、自国民になったものの、疎外されつづけているところに問題の根がある。フランスの「シャルリー・エプト」のムハンマド諷刺画をめぐって、事件をひき起こしたクアシ兄弟も、アルジェリア人でなくフランス人だった。アメリカもまた、2001年9.11同時多発事件以来、ムスリムは白い目で見られている。日本は、「サイクス・ピコ」のような形でイスラムにかかわったことがないばかりか、中東の国々とかかわったことがほとんどない。あくまで「中東にかかわるのは人々を助けるため」を貫くべきという意見。



また、メンバーの竹内光氏から、Q&A形式の「イスラムの基礎知識」、ムスリムが信じなければならないアッラー(神)など「六信」、暮らしの中での実践・1日5回の礼拝や断食など「五行」、「ユダヤ教」「キリスト教」との違いを図解表示した資料を提供くださいました。とてもよくできた資料で、「イスラム」の理解が不足している日本人は、少なくともこの程度の基本を理解しておくべきでしょう。

そうすれば、日韓ワールドカップのころ、九州のある都市で国際スポーツ大会があったとき、土地の名物の「とんこつラーメン」をムスリムに食べさせたり(ムスリムは豚肉を食べない)、首都圏のある自治体が、自殺したイラン人ムスリムを火葬にしたりすること(「ムスリムは土葬」)もなかったでしょう。

その他、「イスラム」というのは意外にアバウトで、飲酒は厳しく禁じられているものでもないこと、「イスラム」は「ユダヤ教」や「キリスト教」を先行宗教として位置づけられ、「コーラン」(正しくはクルアーン)には、25人の預言者が登場し、6人の重要な預言者は、① アーダム(アダム) ② ヌーク(ノア) ③ イブラーヒム(アブラハム) ④ ムーサ―(モーセ) ⑤ イーサー(イエス) ⑥ ムハンマド があり、 
アッラーの啓示は、クルアーン以外に、次の3つがあり
① ムーサ―に与えた律法の書(旧約聖書の5書)
② ダーウード(ダビデ)に与えた詩編(旧約聖書)
③ イーサー(イエス)に与えた福音書(新約聖書にあるイエスの生涯と言行)

最後の預言者ムハンマドの「スンナ」(生前に発した言行) に従うムスリムだけが、アッラーの「真の使徒」とみなすこと。「スンナ」は、「ハディース」といい、クルアーンに次ぐ聖典で、クルアーンを読んだだけでは現実の多様な問題を処理できないことが多い。「ハディース」は、そんな問題を解決するための補助として用いられたり、ムスリムの規範を示す。クルアーンとハディースの主なよりどころとして「シャリーア」という規範があり、「イスラム法」と呼ばれたりするが、法律ではなく、アッラーがムスリムに与えた命令といえるもの。

その他、「イスラム」には、特有な音楽や踊りがあり、こういうものに親しむのも、イスラム理解につながるのではないかといった話など、充実した2時間を過ごすことができました。


「参火会」3月例会参加者

(50音順・敬称略)


  • 岩崎 学  文新1962年卒
  • 植田康夫  文新1962年卒
  • 草ヶ谷陽司文新1960年卒
  • 郡山千里 文新1961年卒
  • 小林宏之 文新1960年卒
  • 酒井猛夫 外西1962年卒
  • 酒井義夫  文新1966年卒
  • 菅原  勉  文英1966年卒
  • 竹内 光 文新1962年卒
  • 谷内秀夫  文新1966年卒
  • 反畑誠一  文新1960年卒
  • 鴇澤武彦  文新1962年卒
  • 深澤雅子 文独1973年卒
  • 増田一也  文新1966年卒
  • 向井昌子 文英1966年卒
  • 山本明夫  文新1971年卒