2017年12月20日水曜日

第38回「参火会」12月例会 (通算402回) 2017年12月19日(火) 実施

「現代史を考える集い」32回目(最終回)  昭和63・64年「昭和から平成へ」




今回は、NHK制作DVD32巻目の映像──
瀬戸大橋開通、青函トンネル開業、アフガニスタン和平協定調印、イラン・イラク戦争停戦、上海で高知学芸高の修学旅行一行列車事故で28人死亡、東京湾で釣り船と自衛隊潜水艦が衝突し釣り船客ら30人死亡、牛肉・オレンジ日米交渉決着、レーガン大統領が包括貿易法案に署名し成立、経済白書が内需拡大型の経済成長実現を強調、藤ノ木古墳の石棺開く、韓国・盧泰愚大統領就任式、オリンピック・ソウル大会開催、韓国・全前大統領が国民に謝罪し隠退、米大統領選でブッシュ候補当選、天皇陛下吐血し病床へ~全国で歌舞音曲を自粛、リクルート疑惑表面化、衆院でリクルート疑惑関係者の証人喚問始まる、宮沢蔵相がリクルート疑惑関連で辞任、竹下改造内閣の長谷川法相がリクルート疑惑関連で辞任、ダイエーが南海球団を買収、千代の富士53連勝、消費税臨時国会召集、消費税を含む税制6法案成立、天皇陛下崩御し昭和終わる、新元号「平成」となる、大喪の礼ほか約53分を視聴後、この時代を振りかえる話し合いをいたしました。内容は、下記「この時代の背景」をご覧ください。




会の後半に、来年1月から始まる「世界遺産を考える集い」の第1回目の詳細資料(下の写真)が配布されました。これは、はじめて映像を観る前に、それぞれの「世界遺産」がどんな内容なのかを事前に予習してもらうために用意したもので、毎回、次回の詳細資料を配布する予定です。また、会は毎回、本田技研系列(ピーエスジー)制作の映像(45分前後)を視聴することから始まります。この映像は既に5名は、全10巻(定価1万円)を5千円で購入済ですが、未購入者は、毎回1巻600円で購入できることとします。つまり、会費は基本的に毎回1000円とし、未購入者は1600円を支払うことになります。10巻のセットを崩して提供するため、未購入者が欠席した場合は、次回に前回分とあわせて支払うようにして下さい。また、「世界遺産を考える集い」の会は、どのような進行をするかの討議をいたしました。第1回目は酒井猛夫が、第2回目は谷内秀夫氏が講師役をつとめますが、出席者は誰もが自分の体験を話したり、疑問や質問を投げかけるなど、フランクな会にすることを確認しあいました。




「この時代の背景」

昭和62年11月、中曽根元首相退陣後、竹下登内閣が発足しました。竹下は、次期総裁の地位を争ったニューリーダーの宮沢喜一と安倍晋太郎の協力を取りつけ、宮沢を副総理・蔵相に、安倍晋太郎を幹事長にすえた挙党体制でのスタートでした。気配りと根回しが得意だった竹下は、中曽根内閣が失敗した大型間接税を導入しなくては税収減は避けられないと考え、税制改革を内閣の最重要政策に掲げます。これに対し野党は、売上税のような大型間接税は大衆課税であり、零細業者をはじめ低所得層ほど負担が大きいとして、絶対反対の姿勢を取り続けました。竹下は、態勢を立て直すと、5%で失敗した売上税を「消費税」と名を改め、税率を3%に引き下げた大型間接税の導入を意図しました。

そんな消費税攻防のさなかの63年6月、情報産業時代の大疑獄ともいえる「リクルート事件」が明るみに出ました。リクルート社の江副浩正前会長らが、社業拡大のため、子会社であるリクルート・コスモス社の未公開株を政治家、官僚、財界人、マスコミ幹部らに額面価格でばらまき、公開後の値上がりで元値の数倍の利益を手に入れさせたことが判明。まさに「濡れ手に粟」の新手法による利益供与でした。職務権限がない限り、この種の贈賄を受けたとしても、刑事問題にならないものの、道義的な責任はまぬがれないと野党はこれを追及。先頭に立った社民連の楢崎弥之助は、リクルート・コスモス社の社長室長が、議員会館の楢崎の事務所を訪れて追及の手をゆるめてくれるよう、土下座して懇願する様子をビデオにおさめて放映させるといったこともあって、問題はロッキード事件以来の社会問題に発展しました。渡辺美智雄、加藤六月、加藤紘一らにつづき、中曽根前首相、宮沢蔵相、安倍幹事長らも未公開株を取得しているのが判明しました。また、高石邦男文部次官、加藤孝労働次官らは職務権限がらみの収賄容疑で、江副前会長も贈賄の責任で収監されました。

野党の追及は激しさを増すいっぼうでしたが、同年11月10日、野党が欠席のまま、自民党を中心とした政党による採決で、消費税を柱とする税制改革6法案が衆議院を通過。12月には宮沢蔵相が、秘書名義でリクルート株を受け取っていたという答弁を翻して自らの名義であったとして辞任しました。参議院でも審議は難航を続けたものの、12月24日に可決成立しました。こうして、竹下首相は、歴代内閣でなしえなかった消費税導入を実現させ、翌年の平成元年4月1日から、消費税が発足しました。これを見届けた竹下は、リクルート事件にかかわる政治不信の責任をとり、4月25日に辞意を表明しました。後任首相の人選は混迷をきわめ、リクルート事件にかかわったニューリーダーの宮沢・安倍が脱落、伊東正義総務会長の固辞により、5月31日宇野宗佑外務大臣の擁立が決定します。しかし、内閣発足後、宇野首相の女性問題が週刊誌に報道されると内閣の人気は地に墜ち、7月の参議院選挙では、自民党は改選前の66から36に減らす大敗。いっぽう、社会党は22から46に倍増させました。その結果、参議院では非改選議員と合わせても過半数の127に届かず、自民党結成以来はじめての与野党逆転となりました。大敗を見た宇野は、7月24日に退陣を表明、8月9日に派閥のリーダーでない海部俊樹が首相に選ばれました。海部はひたすら政治改革に取り組むものの党内の反発は根強く、前途多難な滑り出しでした。

この時期のもう一つの問題は、天皇の健康問題でした。昭和62年4月から健康に異常をきたし、胃腸障害のため十二指腸バイパス手術を受けたといわれ、以後1年余り国内に重苦しい空気が流れました。63年9月には吐血して容体が急変、点滴と輸血で生命を維持する状況になったという報道に、多くの国民はお見舞いのために皇居の坂下門ほか各地の記帳所にはせ参じ、各種行事や歌舞音曲を自粛するなど異常な状態が続きました。そして、昭和64年1月7日の朝、長い闘病の末に天皇はついに死去しました。87歳でした。病名は十二指腸腺がんで、昭和天皇とおくり名され、皇太子昭仁親王が皇位を継承、元号は「平成」と改元されました。昭和天皇は、記録がはっきりしている歴代の天皇の中でもっとも高齢であり、その在位期間の足かけ64年もまた最長でした。

天皇の一生、とくに前半生の20年間は、アジア各国へ侵略を続け、ついに世界戦争に突入するという苦難と悲劇の時代でした。人知れぬ悩みや苦しみも多々あったことは推察されますが、太平洋戦争敗戦ののち、天皇が戦争を好まなかったにせよ、国家元首としての戦争責任を明らかにすべきという議論もあり、側近の中には退位して皇太子に譲位すべきだという意見もありました。しかし、明治天皇、大正天皇の例にならい、終身天皇の位にとどまるべきという意志を貫きました。後半生の43年間は、この戦争への反省に立って平和と民主主義をめざし、世界にまれな経済成長を遂げた時代でした。昭和天皇の大喪の礼は、2月24日に行われましたが、それから1年余りは、自粛ムードが国内を支配しました。国民統合の象徴とされた天皇への敬愛の思いが異常に強かったせいかもしれません。

その後の日本と世界の状況をみると、まず平成元年の12月29日、経済大国日本は、東京証券取引所の平均株価が38915円の最高値を記録しました。いっぽう、平成2~3年にはソ連が消滅し、東西ドイツが統一されるなど「冷戦」が終結し、それと歩調を合わせるかのように、日本経済の繁栄は一気に崩壊しました。バブルがはじけてしまったのです。昭和末期の10年ほどの経済繁栄は、政界・官界・財界が馴れ合いがつくりあげた幻想で、カネ余り現象のもとで、人々は狂ったように財テクに走り、土地やブランド品を買いあさるなど、まじめさに欠けていました。日本人の特性は、敗戦後の何もかも失った中から這い上がった粘り強さ、世界の先進諸国が苦戦する中、2度のオイルショックを難なく乗り越えた時のように、不自由さに我慢しながらも、まじめにコツコツ努力を積み重ねる姿にあるような気がいたします。

今回で、32回にわたった「昭和史を考える集い」を終了いたしますが、現在の目で見たとき、なんともおかしな国になってしまったという思いがいたします。中心となる政治家は、ほとんどが2代目、3代目で苦労を知りません。官僚は、エリート意識と出世欲のかたまりのような優等生集団で、予算や情報を独占しています。財政は、借金(主に国債)が1000兆円の大台を超えても、歳入の倍もの借金でまかなうのをやめようとしません。戦後、はじめて国債の発行を決めたのは、昭和40年(1965年)の佐藤栄作内閣の時です。太平洋戦争中は、国債で戦って莫大な借金をし、敗戦で破たんしましたから、戦後はもうやるまいと我慢してきました。でも、この時は東京オリンピック後の不況でどうしようもなく、2590億円の赤字国債の発行を決めました。それから50年たった2015年末、1049兆2661億円になりました。なんと昭和40年の4000倍です。これでは「国は破たんしてしまうのではないか」という声に対し、非破綻論者の理論は、「かつてのロシアやアルゼンチン、近年のギリシャやアイルランドの財政破綻は、外貨建て債務の不履行が原因。95%が円建て債務の日本政府は、絶対に破綻することはない」と反論します。しかし、いつまでもこんなことを許してはなりません。早く手を打って、これ以上の財政赤字を増やさないと決意する、ごまかしのない政治家の登場を待ちたいものです。長い間のおつきあい、ありがとうございました。

(文責・酒井義夫)


「参火会」12月例会 参加者
 (50音順・敬称略)


  • 小田靖忠  文新1966年卒
  • 草ヶ谷陽司 文新1960年卒
  • 郡山千里  文新1961年卒
  • 酒井猛夫  外西1962年卒
  • 酒井義夫   文新1966年卒
  • 菅原 勉  文英1966年卒
  • 竹内 光  文新1962年卒
  • 谷内秀夫  文新1966年卒
  • 反畑誠一   文新1960年卒
  • 深澤雅子   文独1977年卒
  • 増田一也   文新1966年卒
  • 増田道子  外西1968年卒
  • 山本明夫  文新1971年卒