2015年12月16日水曜日

第19回「参火会」12月例会 (通算383回) 2015年12月15日(火) 実施

「現代史を考える集い」15回目  昭和29・30年 「政界再編と神武景気」




今回は、NHK制作DVD15巻目の映像──
造船疑獄容疑で有田二郎議員逮捕、犬養法相指揮権発動し佐藤栄作の逮捕阻止、衆院本会議大乱闘、日本民主党結成・総裁に鳩山一郎、吉田内閣総辞職、第1次鳩山一郎内閣成立、自衛隊発足、ビキニの水爆実験で「第5福竜丸」被災、ビキニ被災者の久保山愛吉氏死亡、近江絹糸スト、皇居参賀二重橋惨事16人死亡、洞爺丸転覆死者・不明1155人、法隆寺金堂修理完成、ルーブル美術展開催、マリリンモンロー来日、ヘップバーンスタイル流行、シャープ兄弟と力道山・木村の初タッグマッチ、「お富さん」大ヒット、第27回衆議院総選挙、第2次鳩山内閣成立、日ソ交渉開始、共産党第6回全国協議会、社会党統一大会、自由民主党結成、米軍・北富士演習場で射撃演習強行、砂川闘争開始、広島の原爆乙女渡米、初の原水爆禁止世界大会、養老院「聖母の園」全焼、宇高連絡船「紫雲丸」沈没、森永ヒ素ミルク事件、トニー谷の長男誘拐事件、神武景気…など約50分を視聴後、その後の「日本のかたち」となる再軍備(自衛隊スタート)、旧政治家の復帰による吉田・鳩山の対立後に成立した「55年体制」を中心に話し合いを行いました。




「この時代の概要」

昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、日本はGHQによる占領状態を脱し、主権国家として新たな歩みを始めました。しかし、独立は回復するものの、日米安保条約により、米軍基地はそのまま残り、アメリカ側は日本の防衛力の漸増推進を求めました。昭和25年の朝鮮戦争勃発直後に、陸軍ともいえる75000人の「警察予備隊」に続き、講和条約が発効してわずか3か月後、警察予備隊は11万人に増員されただけでなく、海上警備隊が新設されて、定員12万の陸・海軍による「保安隊」が設置されました。さらに、「日米相互防衛協定」(MSA協定)が昭和29年3月に調印されて5月に発効、日本の再軍備は努力から義務となり、同年6月の防衛庁設置法と自衛隊法公布により、保安隊を「陸上自衛隊」、海上警備隊を「海上自衛隊」に改組、新たに「航空自衛隊」を組織し、15万を越える定員(現在は定員26万人)の陸・海・空軍の本格的軍隊を設置しました。そのため政府は、「近代戦遂行能力を持たない軍事力は戦力でない」という憲法解釈から「自衛のための軍隊は違憲ではない」という解釈に変えて、戦闘能力を高めていきました。





いっぽう、政界もまた「国のかたち」をどうするかという論争が長く続きました。そのきっかけとなったのが、昭和26年6月に旧政治家たちが「公職追放解除」により政界に復帰したことからでした。その多くは戦前の政友会・民政党など政党出身者だったため、「党人派」といわれ、その代表格が鳩山一郎でした。彼らは、昭和27年10月の衆議院総選挙で139人が当選をはたし、吉田政権に対する反支流派となり、論争を繰り広げます。吉田が「日本には本格的な軍備は不要、アメリカにまかせておけばよい」(これは当時のアメリカのアジア政策と一致する方針)に対し、鳩山は「日米関係は不平等、米軍におんぶにだっこなどせず、憲法を変えて再軍備する堂々たる国家にすべき」と主張して、真っ向から対立しました。その後、末期状態に陥った吉田内閣の居座りに政治腐敗事件「造船疑惑」がおこり、昭和29年4月、吉田の側近ともいえる佐藤栄作幹事長の逮捕と、捜査線上に池田勇人政調会長の名があがりました。政権崩壊の危機を恐れた吉田内閣は、指揮権発動によって事件のもみ消しをはかりました。これにより、国民の批判が高まり、鳩山は、もうひとつの党人派政党「改進党」と手を組んで「日本民主党」を結成し、鳩山が総裁(岸信介幹事長)となりました。




昭和29年12月、ついに6年2か月(通算7年2か月)続いた吉田ワンマン内閣が退陣すると、「鳩山ブーム」がまきおこり、昭和30年2月選挙では、鳩山の「日本民主党」が第1党となりました。これに危機感をおぼえた「右派」と「左派」に分かれた社会党は、昭和30年10月に4年ぶりに再統一をはかると、財界に危機感を与えたことから、同年11月15日「自由党」と「日本民主党」が保守合同して「自由民主党」(自民党)が結党されました。こうして、社会党統一と保守合同は、戦後の日本政治の大枠を決定づけました。これはのちに「55年体制」とよばれ、この「自由民主党」と「社会党」2党体制は、1993年まで38年も続く政治システムを形成しました。




この時代になると、小・中学時代を過ごした人たちも多く、「政治を官僚たちが牛耳る現状を正さなくてはならない」「米国や英国のような本当の意味の2大政党にしなくては……」といった活発な声があがり、大いに盛り上がりました。


「参火会」12月例会参加者
 (50音順・敬称略)


  • 岩崎  学 文新1962年卒
  • 植田康夫  文新1962年卒
  • 小田靖忠 文新1966年卒
  • 草ヶ谷陽司文新1960年卒
  • 郡山千里 文新1961年卒
  • 酒井猛夫 外西1962年卒
  • 酒井義夫  文新1966年卒
  • 菅原 勉 文英1966年卒
  • 竹内 光 文新1962年卒
  • 谷内秀夫 文新1966年卒
  • 反畑誠一  文新1960年卒
  • 深澤雅子 文独1977年卒
  • 増田一也  文新1966年卒
  • 増田道子 外西1968年卒
  • 向井昌子 文英1966年卒
  • 山本明夫 文新1971年卒