2019年11月20日水曜日

第60回「参火会」11月例会 (通算424回) 2019年11月19日(火) 実施

「世界遺産を考える集い」第20回目 「世界遺産 第2シリーズ」⑤ アフリカ・南北アメリカ Ⅰ-2

4月から再スタートした「世界遺産第2シリーズ」(DVD10巻)は、2003年から数年間にわたってNHKがユネスコと共同しながら制作・放送してきたものを、小学館が地域別に再編集し「NHK世界遺産100」(1~5巻) 「NHK世界遺産100」(6~10巻) として刊行したもので、各巻20か所・計200か所を収録しています。第1シリーズ (本田技研の系列会社「ピーエスジー」制作の12巻) によるDVDと重複するものは約半分ありますが、重複するものは特に重要な世界遺産といっても過言ではありません。小学館版「NHK世界遺産100」は、各世界遺産へのアプローチの仕方に独自性があります。

会のはじまりは、下記資料「2-5-1~20」がすでにメンバーに渡され、全員がこれを読んだ上で、「NHK世界遺産100」第5巻目の映像約90分のうちの後半 (2-5-11~20) 約45分を視聴しました。




2-5-11 イエローストーン国立公園
自然遺産 アメリカ 1978年登録 登録基準⑦⑧⑨⑩
● マグマが織りなす世界初の国立公園
ロッキー山脈中央部の溶岩台地に位置し、総面積8900㎢(四国の約半分)にも及ぶ。この広大な自然公園のみどころのひとつは、園内のいたるところに見られる熱水現象。平均65分の周期で約4万リットルの温泉を45mも吹き上げるオールドフェイスフルをはじめデイジー、リバーサイドなど多くの間欠泉、水蒸気を噴き出す噴気孔、温泉に含まれる石灰分が固まってできたマンモス・スプリングスなど、園内の熱水現象は1万か所もあるという。ほかに滝、渓谷、大草原、川が蛇行する平原といった景観美、そこにバファロー(アメリカバイソン)、グリズリー(灰色熊)、ムース(ヘラ鹿)、エルク(赤鹿)などの大型野生動物が間近で見られなど、見所はつきない。20世紀末、オオカミの絶滅や生態系の激変、イエローストーン川上流に採鉱計画とかが指摘され、1995年に危機遺産に登録されたが、オオカミのカナダからの移植、採鉱計画の中止などの措置がとられ、2003年に危機遺産リストから除外された。ここも、世界で初の世界遺産となった12か所のひとつ。

2-5-12 カナディアン・ロッキー山脈 既出1-9-1
自然遺産 カナダ 1984年登録1990年範囲拡大 登録基準⑦⑧
◇ ロッキー山脈は北アメリカ大陸を北西から南東にかけて険しい山々が連なる世界的な大山脈のうち、北部カナダ国内に伸びる南北約1500km、幅80kmがカナディアン・ロッキー山脈。1883年に国家的事業として推進された鉄道建設がバンフまで延長され、87年にカナダ初のバンフ国立公園が誕生すると、ルイーズ湖を前景に広がる景色は世界一と称賛されるようになっていった。以後この一帯は、20世紀前半までに次々と整備され、バンフ・ジャスパー・ヨーホー・クートネーの4つ国立公園のほかに3つの州立公園が生まれ、1984年の世界遺産登録と1990年の範囲拡大により、その総面積は2万4000㎢にもおよぶ。今では、年間1千万人以上が訪れるカナダ第1の観光地となっている。いっぽう、氷河に覆われたカナディアン・ロッキーの地層からは、5億3000万年前の生物の多数の化石が発見され、それを組み合わせるとこれまで知られていなかった奇妙な生物があらわれたことで、地球上の進化の痕跡が秘められているという。

2-5-13 シアン・カアン
自然遺産 メキシコ 1987年登録 登録基準⑦⑩
● 神の住む場所としてあがめられた神秘の場所
「シアン・カアン」は、メキシコの南東部、ベリーズとの国境に近いカリブ海沿岸に広がる約5800㎢(千葉県ほど)の自然保護区。湿地、世界2位のサンゴ礁、マングローブ林など17の植生域が存在する。マヤ文化が栄えた地のひとつで、ここには川がなく、マヤ人が神の住家と考えていた場所セノーテ(石灰岩質の台地が陥落した泉・井戸)がいたるところにあり、貴重な水源になっている。セノーテの奥底には無数の鍾乳洞が続き、カリブ海へとつながっている。

2-5-14 ココ島国立公園
自然遺産 コスタリカ 1997年登録/2002年範囲拡大 登録基準⑨⑩
● サメの島と呼ばれる絶海の聖地
コスタリカ本土から約550km東太平洋上に浮かぶこの島は、スチーブンソンの小説『宝島』の舞台にもなった周囲20kmあまりの無人島。年間7000mmの雨が育む深い熱帯雨林に覆われる。最高地点は850mで、海面から崖がそそり立ち、島の名の由来にもなったココナツをはじめ230種の植物80種類の鳥、360種の昆虫が生息する。周囲から隔絶されているため固有種も多い。周辺海域にはマグロやギンガメアジ、スマガツオなどの回遊魚が集まっているため、それらの獲物をねらってシュモクザメやジンベイザメなど多数のサメの世界的生息地となっている。ココ島と周辺の海域を含め約1000㎢が国立公園に指定されている。

2-5-15 ガラパゴス諸島 既出1-10-9
自然遺産 エクアドル 1978年登録/2001年範囲拡大 登録基準⑦⑧⑨⑩
◇ エクアドル本土から西へ約1000km離れた太平洋洋上に浮かぶガラパゴス諸島は、東西300km、南北200kmの海域には、500~100万年前にできた大小約30の島と岩礁からなる。流木や鳥などが運んできた動植物は、隔絶された環境の中で独自の進化をとげ、島ごとに異なる生態系を形成してきた。ダーウィンに「進化論」を構想する契機を与えた島々として知られる。ここも、世界で初の世界遺産となった12か所のひとつ。

2-5-16 カナイマ国立公園
自然遺産 ベネズエラ 1994年登録 登録基準⑦⑧⑨⑩
● 巨大な台地がそびえたつ地球最後の秘境
カナイマ国立公園は、ベネズエラ南東部とブラジルの国境沿いに広がる面積120万㎢のギアナ高地の中心部にあり、中国地方全域に匹敵する約3万㎢の国立公園。風雨によって削られた約20億年前の地層が、標高2000~2800mもの平らな台地となって、標高約1000mの断崖で縁どられている。この台地は「テーブルマウンテン(卓上台地)」といわれ、100以上もあるテーブルマウンテンのなかでも、標高2560mのアウヤン・テプイ(先住民の言葉で「悪魔の山」)からは、落差979mもの世界最長の滝エンジェルフォールが落下する。しかし、滝の水は途中で霧となって飛散してしまうため滝壺がない。こんな岩だらけの世界に生物は独自の進化を遂げ、原始的なカエルをはじめ、多くの固有種が特異な生態系を形作っている。発見された生物の80%近くは固有種で、異種が多い鳥類や昆虫類は、今だに全容解明に至っていない。まさに、人類がいまだ足を踏み入れたことのない数多く残され「地球最後の秘境(ロストワールド)」といえそうだ。

2-5-17 バルデス半島
自然遺産 アルゼンチン 1999年登録 登録基準⑩
● 大西洋に突き出した海生哺乳類、鳥類の楽園
アルゼンチン南部にあるバルデス半島は、南太平洋に斧のように100㎞ほど突き出した面積3600㎢のアルゼンチン最大の半島で、海岸には長さ400㎞もの断崖絶壁が続く。斧の握り手にあたる北のサンホセ湾と南のヌエボ湾は穏やかな内湾のため多く海生動物の楽園となっている。晩秋から初冬にかけては、南極海から3000頭ものミナミセミクジラが集まる世界最大の繁殖地。8月から11月上旬にはミナミゾウアザラシやオタリア(ミナミアシカ)などが集まるが、脅威となるのは海のハンター・シャチで、この季節はむきだしの生存競争が日々繰り広げられる。陸地には30種類以上哺乳類、180種類以上の鳥類が生息する。

2-5-18 ロス・グラシアレス 既出1-10-6
自然遺産 アルゼンチン 1981年登録 登録基準⑦⑧
◇ 「ロス・グラシアレス」とは、スペイン語で氷河を意味し、南米大陸最南端のパタゴニア南部に南極大陸、グリーンランドに次ぐ世界第3の氷河地帯が広がっている。氷河の氷は気泡が少なく透明度が高いため青い色をしている。氷河は2万年もの時間をかけ数百mにおよぶ氷の壁をつくる。運が良ければ大きく崩れ落ちて氷山となるドラマチックな瞬間を目にすることができる。

2-5-19 イグアス国立公園 既出1-10-4・5
自然遺産 アルゼンチン/ブラジル 1984年アルゼンチン/1986年ブラジル登録 登録基準⑦⑩
◇ アルゼンチンとブラジルの国境を流れるパラナ川の支流イグアス川の大瀑布が「イグアスの滝」。単独の滝ではなく、大小270以上の滝が連なり、最高80mの断崖を落下する水量は毎秒平均1750㎡、馬蹄型をなす滝壺の幅は2700mにも及ぶ「世界一の滝」。伝説を生んだ「月の光が作り出す虹」の初撮影に成功した瞬間を、高感度ハイビジョンカメラが追う。

2-5-20 セラード自然保護地域 (ベアデイロス平原国立公園とエマス国立公園)
自然遺産 ブラジル 2001年登録 登録基準⑨⑩
● 乾いた草原が生み出した不思議な生態系
「セラード」とはブラジル中央部の「ブラジル高原」に広がる熱帯性草原(サバンナ)のことで、北部のベアデイロス平原の面積は655㎢、最高点1678mの高地にある。エマス国立公園は南西部にあって、面積は1318㎢、地面から突き出たシロアリの塚が無数に続く。アリ塚は夜になると光を放ちはじめる。ヒカリコメツキムシの幼虫が餌になる羽アリをとるために青い光を放つためで、幻想的な光の裏で小さな命の駆け引きのドラマが展開する。この国立公園は絶滅危惧種のオオアリクイの餌場となっている地域でもある。セラード自然保護地域には、300種以上の鳥類、6万種以上の昆虫、1万種もの植物が見られ、ほとんどが固有種。


会の後半は、メンバーの酒井義夫が最近、京都・奈良・大阪(堺市)をめぐる旅をしてきたポイントをお話しいたしました。まず、① 世界遺産「古都京都の文化財」を構成する17か所のうち、賀茂別雷神社(かもわけいかづち=上賀茂神社)と賀茂御祖神社(かもみおや=下鴨神社)を訪ね、17か所をすべて制覇したこと。次に、② 世界遺産「古都奈良の文化財」を構成する8か所のうち、春日大社、春日山原始林、元興寺(がんごうじ)を訪ね、8か所をすべて制覇したこと。そして、今年の6月、世界遺産に登録さればかりの「百舌鳥(もず)・古市古墳群」のうち、世界でも類のない鍵穴形(前方後円墳)で、全長486mという最大の仁徳天皇陵古墳を訪ねた話をしました。大阪ではじめての世界遺産ということで、地元は大いに盛り上がりをみせていました。また、「百舌鳥・古市古墳群」が、古墳時代の最盛期(4世紀後半から5世紀後半)にかけて築造された45か所が構成資産とされ、日本の中心が3世紀から4世紀までの大和(奈良)から、4世紀後半から約100年間は、大陸にむかう航路の出発点であった大阪平野に移っていったことへの誇りに満ちているようでした。宮内庁の管轄下の資産が大半だったため、その詳細は謎が多いものでしたが、世界遺産になったことで多くの専門家による内部調査を拒否できず、古代史の解明が一気に進みそうな期待で、会も大いに盛り上がりました。
(文責・酒井義夫)


「参火会」11月例会 参加者
 (50音順・敬称略)


  • 小田靖忠  文新1966年卒
  • 草ヶ谷陽司 文新1960年卒
  • 郡山千里  文新1961年卒
  • 酒井義夫  文新1966年卒
  • 酒井猛夫  外西1962年卒
  • 菅原 勉  文英1966年卒
  • 竹内 光  文新1962年卒
  • 谷内秀夫  文新1966年卒
  • 反畑誠一  文新1960年卒
  • 向井昌子  文英1966年卒
  • 山本明夫  文新1971年卒
  • 蕨南暢雄  文新1959年卒

2019年10月16日水曜日

第59回「参火会」10月例会 (通算423回) 2019年10月15日(火) 実施

「世界遺産を考える集い」第19回目 「世界遺産 第2シリーズ」⑤ アフリカ・南北アメリカ Ⅰ-1

4月から再スタートした「世界遺産第2シリーズ」(DVD10巻)は、2003年から数年間にわたってNHKがユネスコと共同しながら制作・放送してきたものを、小学館が地域別に再編集し「NHK世界遺産100」(1~5巻) 「NHK世界遺産100」(6~10巻) として刊行したもので、各巻20か所・計200か所を収録しています。第1シリーズ (本田技研の系列会社「ピーエスジー」制作の12巻) によるDVDと重複するものは約半分ありますが、重複するものは特に重要な世界遺産といっても過言ではありません。小学館版「NHK世界遺産100」は、各世界遺産へのアプローチの仕方に独自性があります。

会のはじまりは、下記資料「2-5-1~20」がすでにメンバーに渡され、全員がこれを読んだ上で、「NHK世界遺産100」第5巻目の映像約90分のうちの前半 (2-5-1~10) 約45分を視聴しました。





2-5-1   大ピラミッド群 (メンフィスのピラミッド地帯) 既出1-7-2
文化遺産 エジプト 1979年登録 登録基準①③⑥
◇ 世界最長のナイル川流域は穀倉地帯に、絶対的な王(ファラオ)を中心とした古代国家が誕生した。紀元前3000年頃に成立したエジプト第1王朝で、その繁栄の象徴が紀元前2550年頃につくられた第4王朝クフ王の大ピラミッド。およそ2.5tの石を300万個を積み上げ、高さは40階建ビルに相当する巨大な建造物だ。カフラー王、メンカウラー王のピラミッドとあわせ、「ギザの3大ピラミッド」と呼ばれる。

2-5-2 ティムガッド(の考古遺跡)
文化遺産 アルジェリア 1982年登録 登録基準②③④
● トラヤヌス帝治世下に建設された植民都市遺跡
アルジェリアの北東部の高原にあるティムガッドは、ローマの最盛期に存在した五賢帝の一人トラヤヌス帝が、100年ごろに退役軍人の入植地として築いた典型的なローマの植民都市。デクマヌス通りとカルド通りという2本の大通りが交差する約350m四方の正方形の町で、約20m四方の街区に区画されていた。上下水道システムは現代にも負けない完備と規模を誇り、3500人も収容できる円形劇場や公会堂、図書館、14か所の大浴場もあった。広場の落書きに「狩りをし、ゲームをし、笑う。それが人生だ」とあり、当時の住民の優雅な暮らしぶりがしのばれる。しかし、7世紀に入ってアラブ人の侵入を許すと住民は町を放棄し、8世紀の大地震で砂の中に埋没してしまった。1880年に発見されたときは非常に保存状態がよく、「アフリカのポンペイ」とも呼ばれている。 

2-5-3 フェズ旧市街 既出1-7-5
文化遺産 モロッコ 1981年登録 登録基準②⑤
◇ モロッコ1000年の古都フェズ旧市街は、首都ラバトの東170km、セブ川中流の標高370mの盆地に位置する。2.2㎞×1.2㎞の城壁に囲まれており、複雑な街並みから「世界一の迷宮都市」と呼ばれている。今でも車は入れず運搬の主役はロバ。ほとんどの人々は、町外に出ることなく一生を終えるという。

2-5-4 ジェンネ旧市街
文化遺産 マリ 1988年登録 登録基準③④
● 交易で栄え「天国」と名付けられたマリの古都
西アフリカにあるマリ南部のニジェール川とその支流の中州地帯に位置するジェンネ旧市街は、13世紀末から発展した水上交易の中継地で700年の歴史がある。16世紀末にモロッコ軍に征服されてしまったが、14~16世紀にかけて栄華をきわめた。旧市街の名を高めているのは、町の中央部に聳える大モスクで、基底部56m四方高さ11mもあり、14世紀に創建され、20世紀初めに再建された。日干しレンガを積み上げ、表面に黄土色の泥を塗った独特な工法(スーダン様式)で築かれている。1年に1度、風雨に汚れたモスクの泥壁を人々が総出で塗り直す作業は、町のビッグイベント。毎週月曜日の朝には、大モスクの前の広場で食料や衣服の市が開かれ、さまざまな部族の人々が色とりどりの民俗衣装をまとって集まってくる。その賑わいは交易都市として栄えた以前の姿を彷彿とさせる。

2-5-5 ラリベラの岩窟教会群
文化遺産 エチオピア 1978年登録 登録基準①②③
● 岩を掘って作られた驚異的キリスト教聖堂群
エチオピア高原の北東部、標高約3000mの高地に、ザグウェイ朝の第7代国王ラリベラの命により12~13世紀に築かれた11の岩窟聖堂が残っている。伝説によると12世紀末に聖地エルサレムがイスラム教徒の手に渡ってしまったことで、ラリベラ王は「新たなエルサレムを築け」という神の夢告に従って、この地に都を移し、天然の一枚岩を掘り下げるという特異な工法を用いてわずか20年ほどで完成させたとされる。この工法は、現代の技術でも再現できないほど高度なもので、第1岩窟教会群には6つの教会、第2岩窟教会群は5つの教会で構成され、ヨルダン川をはさんで南北にある。1月7日(エチオピア暦のクリスマス)には、「一生に一度は聖地ラリベラで祈りたい」という熱心な巡礼者でふくれあがる。ここは、世界で初の世界遺産となった12か所のひとつ。

2-5-6 ケニア山国立公園 (と自然林)
自然遺産 ケニア 1997年登録 登録基準⑦⑨
● 赤道直下にありながら氷河を頂く高峰
ケニア中部にあるケニア山は、アフリカ第2の高峰である5199mの主峰バティアンのほか、標高4900mを超える峰が10座以上あり、山頂部には大小12の氷河がある。世界遺産に登録されているのはケニア山国立公園とその周辺山麓を合わせた1420㎢。標高4000mを超える乾燥した山岳地帯には7m近い巨大化したジャイアントセネシオやジャイアントロベリアなど高山植物が群生していて、ここでは「高地では植物は小さい」という植物学の常識は通用しない。自然林にはアフリカゾウなどの大型動物が、比較的低地にはクロサイやヒョウなどがすんでいる。ちなみに山名であり国名のケニアは、バントゥ語でダチョウを意味し、黒い岸壁と白い氷河や万年雪がダチョウの体毛のように見えるためという。

2-5-7 セレンゲティ国立公園 既出1-8-2
自然遺産 タンザニア 1981年登録 登録基準⑦⑩
◇ タンザニア北部、ビクトリア湖南東岸にあるセレンゲティ高原に位置する。1万4763㎢の国立公園内には広大なサバンナが続いている。移動をくりかえす草食動物の160万頭のヌーや50万頭ものシマウマ。これをねらうライオンやチーター、ジャッカルなどの肉食獣との戦いは、アフリカの大自然ならではの生と死をかけた壮大なドラマ。毎年9月、ヌーの大群がマサイマラ草原からいくつかの群れに分かれ、新しい草を求めて1000kmも離れたセレンゲティ国立公園に移動を開始する。途中の川幅100mもあるマラ川を渡るヌーの姿をカメラが追う。

2-5-8 マラウイ湖国立公園
自然遺産 マラウイ 1984年登録 登録基準⑦⑨⑩
● 生命の進化のカギを握るシクリッドの生息地
四国の1.5倍もあるアフリカで3番目に大きなマラウイ湖の南端にある「マラウイ湖国立公園」は、湖に浮かぶ12の島々を含め94㎢がその範囲。湖面の標高は472mに対し、最大深度は700mを超える。湖には500種類以上の魚類が確認されているが、その中で最も数の多いのがカワスズメ(別名シクリッド)で、その種類はピーコック・シクリッドはじめ400種以上あるがそのほとんどがこの湖の固有種。この魚はオスの求愛に応えたメスは産卵すると素早く卵を口の中に入れて孵化させ、稚魚を外敵から守る習性がある。この不思議な子育ては、ガラパゴス諸島のフィンチとともに、生命の進化を解明する重要な研究材料となっている。1859年探検家のリビングストンがヨーロッパ人として初めてこの湖を発見し、イギリスの植民地となってニアサ湖と呼ばれていたが、1964年の独立を機に旧名称が復活し、国名の由来となった。

2-5-9 ビクトリアの滝 (モシ・オ・トゥニャ)
自然遺産 ザンビア/ジンバブエ 1989年登録 登録基準⑦⑧
● イグアス・ナイアガラの滝と並ぶ世界3大瀑布のひとつ
アフリカ第4の大河ザンベジ川中流にあるビクトリアの滝は、雨季が終わる3月下旬ころには幅1700m以上、落差110~150m、毎分5億リットルもの水が落下する。20kmほど離れた地点からでも水煙が確認できるといわれ、この水煙が周囲を潤しシダやツル植物など900種類もの植物を繁茂させる。20万年前に最初の滝が出来てから、滝の位置は徐々に下流から上流に移動し、現在の滝は最初の滝から80㎞も上流にあるという。浸食は毎年10cmほど進み続けるというから、壮大な滝の旅はまだまだ続く。1855年、リビングストンがこの滝を発見し、当時世界に君臨していた母国の女王にちなんで「ビクトリアの滝」と命名し、やがてこの秘境の大瀑布は西欧社会に知られるようになっていった。

2-5-10 ツィンギ・ド・ベマラハ 既出1-7-11
自然遺産 マダガスカル 1990年登録 登録基準⑦⑩
◇ 世界第4の大島、マダガスカル島の西部には、無数の針やナイフを空に突き立てたような不思議な風景が広がる。これは2億年もかけて石灰岩と大雨がつくりあげた奇観で、1520㎢もある自然保護区内の奇岩地帯の谷間には、キツネザルの仲間シファカ、ブラウンキツネザル、アイアイなど、原始の特徴を残したまま、森の木の葉を食べて生き延びている。


会の後半は、メンバーの酒井猛夫が、ここ10年以上もほぼ毎年、冬季40日間・夏季40日間、マレーシアのフレーザーズヒルで「ロングステイ」を夫妻で楽しむ理由、その魅力について、たくさんの書籍や資料を回覧・配布しながら話をしてくれました。そのポイントは次の通り。
マレーシアは、首都クアラルンプールをはじめ標高が低い場所は、年間を通しての平均気温が約28℃。それに対し、フレーザーズヒルは標高が1500mもあるため、年間平均気温が約19℃。100mにつき0.6℃下がるためで、1年を通じて春のようなすごしやすさが一番の魅力。
滞在するホテル「サザン・イン」は、1泊2食付の宿泊代が二人で4800円。NHKの日本語放送が視聴でき、目の前にあるゴルフ場は1か月の使用料が1万円で午前中に1ラウンド、ホテルで昼寝してから午後1ラウンドといった楽しみかたもできる。タクシー代が安いため、たとえばクアラルンプールからフレーザーズヒルまで100㎞以上あるのに料金は1万円。出かけたい場所があればホテルに頼むと、タクシーを用意してくれるのはうれしい。
イスラムの国なので、人口の65%をしめるマレー人は酒を飲まない。でも、20%の中国系人やわれわれ日本人・欧米人が酒を飲んでも誰も気にしない。また、マレーシア人のだれもが親日的なのは、1981年から2003年まで22年間首相をつとめたマハティールが、日本の経済成長を見習おうと「ルック・イースト政策」を掲げ、国力を飛躍的に増大させたことが要因。マハティールは、息子や娘を日本に留学させたり、日本に関する著書を何冊か著すなど熱烈な親日家で、昨年5月に92歳という高齢ながら15年ぶりに首相に復帰し、2020年に先進国入りするという目標をかかげて奮闘中とのこと。
(文責・酒井義夫)


「参火会」10月例会 参加者
 (50音順・敬称略)


  • 小田靖忠  文新1966年卒
  • 草ヶ谷陽司 文新1960年卒
  • 酒井義夫  文新1966年卒
  • 酒井猛夫  外西1962年卒
  • 菅原 勉  文英1966年卒
  • 竹内 光  文新1962年卒
  • 反畑誠一  文新1960年卒
  • 山本明夫  文新1971年卒
  • 蕨南暢雄  文新1959年卒

2019年9月19日木曜日

第58回「参火会」9月例会 (通算422回) 2019年9月17日(火) 実施

「世界遺産を考える集い」第18回目 「世界遺産 第2シリーズ」④ アジア・オセアニア Ⅱ-2 

4月から再スタートした「世界遺産第2シリーズ」(DVD10巻)は、2003年から数年間にわたってNHKがユネスコと共同しながら制作・放送してきたものを、小学館が地域別に再編集し「NHK世界遺産100」(1~5巻) 「NHK世界遺産100」(6~10巻) として刊行したものです。各巻20か所・計200か所を収録しています。第1シリーズ (本田技研の系列会社「ピーエスジー」制作の12巻) によるDVDと重複するものは約半分ありますが、重複するものは特に重要な世界遺産といっても過言ではありません。小学館版「NHK世界遺産100」は、各世界遺産へのアプローチの仕方に独自性があります。

会のはじまりは、下記資料「2-3-1~20」がすでにメンバーに渡され、全員がこれを読んだ上で、「NHK世界遺産100」第4巻目の映像約90分のうちの後半 (2-4-11~20) 約45分を視聴しました。




2-4-11 フエの建造物群 既出1-6-3
文化遺産 ベトナム 1993年登録 登録基準③④
◇ ベトナム最後の王朝であるグエン朝は、ベトナム中部の首都フエに、中国北京の紫禁城を手本にした王宮を造営した。鳳凰が翼を広げ、舞い降りた姿を写したという美しい外観が注目された。ベトナム戦争で建物の多くが失われたが、皇帝の即位式が行われ政務を執った「太和殿」や王宮の正門は補修が加えられ、現在も豪華な姿を保っている。儀式に使われた宮廷音楽の音色は、生き残った楽師の執念が後世まで伝えて行く。

2-4-12 ハロン湾 既出1-6-4
自然遺産 ベトナム 1994年登録2000年範囲拡大 登録基準⑦⑧
◇ ベトナム随一の景勝地ハロン湾は、中国との国境近くに位置する。伝説によると、ベトナムが外国の船に攻め込まれたとき、龍が下りてきて無数の真珠を吐き出し、その真珠が島々になって敵を防いだという。石灰岩の島々が広がる幻想的な景観をもとめて、国内外から年間200万もの人々が訪れる。

2-4-13 (古都)ルアン・プラバン
文化遺産 ラオス 1995年登録 登録基準②④⑤
● ラオス初の統一国家ランサン王国の都
敬虔な仏教徒の町ルアン・プラバンは、メコン川とカーン川の合流地点に位置し、およそ東西2㎞南北1㎞の小さな町。1358年にラオ族のファゲーム王がラオス初の統一国家ランサン王国を築いて以来、ベトナムなどの侵略やフランス植民地時代を経ても、1975年まで王都だった。戒律の厳しい上座部仏教の聖地として80もの寺院が建てられ、現在も町の人口の1割近い1200人もの修行僧が暮らし、朝の修行の一つ托鉢僧の行列は、町の名物にもなっている。

2-4-14 チャンパサックのワット・プー
文化遺産 ラオス 2001年登録 登録基準③④⑥
● クメール人が築いたヒンドゥー教寺院の遺跡群
ラオス南部、タイとカンボジアの国境付近に位置するチャンパサックは、5~15世紀の約1000年間に繁栄した古代都市。元々は、チャム族の領地だったが、5世紀にクメール族の支配下に入り、聖山プー・カオの麓にカンボジアのアンコール地域と共通する性格のヒンドゥー教寺院のワット・プーを建立した。この遺跡で現存するのは7~12世紀に建造されたもので、13世紀になるとクメール族の力は衰退。代ってラオス文化が浸透して、14世紀以降は仏教寺院に衣替えして、今も村人たちの信仰を集めている。

2-4-15 スコタイと周辺の歴史地区 既出1-5-10 
文化遺産 タイ 1991年登録 登録基準①③
◇ 13世紀、タイの首都バンコクから北へ約450kmの位置にあるスコタイにタイ民族初の統一国家スコタイ朝が興った。王朝は仏教を手厚く保護したことで数多くの寺院が今も残る。仏教国タイの心のふるさとともいえるスコタイには、天から下り自ら民衆に歩み寄るタイ独自の仏「遊行仏」が誕生した。ワット・マハタ―トは、スコタイ最大の王宮寺院で、200m四方の境内に、18の聖堂と200以上の塔が立ち並ぶ。

2-4-16 バン・チェン遺跡
文化遺産 タイ 1992年登録 登録基準③
● 東南アジアの先史時代を語る考古遺跡
タイ北東部に位置するコラート高原一帯にあるバン・チェン遺跡は、1966年にアメリカ人学生が土器の破片を見つけたことから、古代文明発見のきっかけとなった。1971年に本格的な調査が行われ、土器などの測定から、中国やインドの影響を受けない独自の文明の存在が確認された。バン・チェン文化は、紀元前1500年~後300年頃との説が有力。

2-4-17 インドの山岳鉄道群 (旧・ダージリン・ヒマラヤ鉄道)
文化遺産 インド 1999年登録/2005・08年範囲拡大 登録基準②④
● インドにおける鉄道事業の基礎をつくった3つの山岳鉄道
1999年にダージリン・ヒマラヤ鉄道が登録され、2005年にニルギリ鉄道、2008年にカールカ・シムラー鉄道が追加登録された。ダージリン・ヒマラヤ鉄道の開通は1881年で世界最古の山岳鉄道。2両の客車を牽引する蒸気機関車は標高差2000mを8時間かけて走る。1926年製造の機関車は丁寧に整備され、いまだに現役で走る。

2-4-18 ペルセポリス
文化遺産 イラン 1979年登録 登録基準①③⑥
● アケメネス朝ぺルシアの繁栄を象徴する都
イラン南部の丘陵地にあるペルセポリスは、紀元前6~4世紀にオリエント全土を統一して大帝国を築いたアケメネス朝ペルシアの王都で、ダイオス1世の命により、紀元前520年から60年をかけて建造された。繁栄をきわめたペルシア帝国だが、やがてギリシャと衝突した。紀元前330年にはマケドニアのアレクサンドル大王軍の総攻撃を受け、栄華を誇った王宮も炎に包まれて廃墟と化してしまった。現在は、あちこちに残るレリーフが往時の繁栄ぶりを伝える。

2-4-19 エルサレム旧市街地と城壁
文化遺産 イスラエル(ヨルダンの申請) 1981年登録/1982年危機遺産 登録基準②③⑥
● 紛争の舞台となった3宗教の聖地
エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教それぞれの聖地。ユダヤ教の聖地はソロモン王の神殿の一部と「嘆きの壁」、キリスト教の聖地はイエスが十字架にかけられたゴルゴダの丘に建つ「聖墳墓教会聖堂」、イスラム教の聖地はムハンマドが天界に旅だった聖なる岩を守る「岩のドーム」。現在、ほぼ1㎞四方の旧市街は、16世紀のオスマン帝国時代に築かれた城壁に囲まれ、ユダヤ教徒地区、キリスト教徒地区、イスラム教徒地区、アルメニア人地区の4つに大きく分かれている。しかし、パレスチナとイスラエルの紛争に加え、急激な都市開発の進行、観光被害、維持管理費の不足などを理由に、1982年に危機遺産リストに登録されたままにある。

2-4-20 タスマニア原生地帯
複合遺産 オーストラリア 1982年登録/1989年範囲拡大 登録基準③④⑥⑦⑧⑨⑩
● 太古の自然を残す未開の島
オーストラリア大陸から海に隔てられ、原生林には太古の森の面影の残るタスマニア島の南西部にある5つの国立公園を含む1万3836㎢が登録地区。原始的な動物も生き残り、独自の進化を遂げてきた。ハリモグラ、カモノハシ、タスマニアデビルなどの他、海底にはウミエラなど驚くべき野性の世界が広がっている。ナンキョクブナを中心とした冷温帯性雨林が広がり、ヒューオンパインや高木ユーカリなど島固有の植物も多い。


会の後半は、メンバーの山本明夫氏が、数か月前にツァーに参加した「ネパール9日間の旅」を、たくさんの写真や動画をスクリーンに投射しながら、体験レポートをしてくれました。
この旅の最大の目的は、世界最高峰のエベレスト(8848m)を、遊覧飛行機から間近に見ることでした。カトマンズ空港からの飛行機が飛ぶチャンスは3度あったそうですが、1回目は飛行機内に4時間待機するものの天候不良のため出発できず、2度目も天候が回復せず、最終日になんとか40人乗りの3機が待機。ついに3機目に乗れ、乗客40人が交代でコックピットに招かれて、エベレストを間近に目にするという念願がかなえられました。
その他、ナガルコットのホテル屋上からの360度四方のすばらしいヒマラヤ展望を体験し、チトワン国立公園内のサファリでは、尾長ザル、3mもの孔雀、一角サイ、10mもあるワニなどを間近で観察、ポカラではノートラの丘からヒマラヤの夕暮を楽しみました。最終日のエベレスト遊覧飛行後の夕食は、ヒマラヤソバを食べながら、ネパール民俗舞踊ショーを観賞し、満足のゆく旅を終えたそうです。
(文責・酒井義夫)


「参火会」9月例会 参加者
 (50音順・敬称略)


  • 小田靖忠  文新1966年卒
  • 草ヶ谷陽司 文新1960年卒
  • 郡山千里  文新1961年卒
  • 酒井義夫  文新1966年卒
  • 酒井猛夫  外西1962年卒
  • 菅原 勉  文英1966年卒
  • 竹内 光  文新1962年卒
  • 谷内秀夫  文新1966年卒
  • 反畑誠一  文新1960年卒
  • 深澤雅子   文独1977年卒
  • 向井昌子  文英1966年卒
  • 山本明夫  文新1971年卒
  • 蕨南暢雄  文新1959年卒

2019年8月28日水曜日

第57回「参火会」8月例会 (通算421回) 2019年8月20日(火) 実施

毎年8月の例会は、上智大学の「ソフィアンズクラブ」が夏季休暇のために、「参火会」も休みとしてきました。今回はメンバーの竹内光氏の提案により、「納涼参火会」として、内幸町にあるプレスセンタービル9階「日本記者クラブ」のサロンで懇親会を開催することになりました。

集合場所は、2018年3月末にオープンしたばかりの新名所『ミッドタウン日比谷』で、事前に24ページの「フロアー・ガイド」がメンバーへ配布され、各自が自由に内部を見学した後、午後4時に地下1階中央付近にある「セブンイレブン」前に、7名の参加者全員が集合しました。

その後、竹内氏の案内で、6階にある空中庭園「パークビューガーデン」を訪れました。目の前に「日比谷公園」から、「皇居」へと続く緑が広がる眺望に、「東京にも、こんなに緑があったのか」と、感嘆の声があがりました。特に、日比谷公園の向かい側に見える官庁街は、毎日新聞の政治部記者だった竹内氏にとっては、職場の一部のように身近だったせいか、一つ一つの建物の名称・解説はとても興味深いものがありました。

その後は、日比谷公園内をゆっくり歩きながら、プレスセンタービルへ行く予定でした。ところがあいにく雨が降りだしたことで、日比谷駅から1駅先の「霞ヶ関駅」まで地下鉄で移動し、地下を歩いたまま「プレスセンタービル」に到着、エレベーターで9階のサロンへ5時ころに着きました。ふだんは、数十人が入れるサロンはけっこう混んでいるとのことでしたが、当日はわずかの人たちしか利用しておらず、貸し切り状態に近いものでした。

まもなく、飲み物や食べ物が用意されると7人が向き合って座り、懇親会が始まりました。「ソフィアンズクラブ」では時間が2時間に限定され、それぞれが遠くに離れているためか、なかなか気軽に話が出来ないのに対し、ここでは大いに話が弾み、大いに飲み食い、しゃべりまくりの2時間半を過ごしました。その後、竹内氏の案内で、10階にある「日本記者クラブ」の会見場を案内してもらってから解散しましたが、それぞれの表情は、満足感にあふれているように思いました。

翌日のNHK7時のニュースで、来年のパラリンピック出場予定者らの記者会見が、前日訪問したばかりの「日本記者クラブ」の会見場でおこなわれているのを視聴するにつけ、今回のような貴重な見聞を”追体験”することが出来て、納涼を兼ねた何よりの参火会でした。(文責 酒井義夫)


「参火会」8月例会 参加者
 (50音順・敬称略)


  • 草ヶ谷陽司  文新1960年卒 
  • 酒井義夫    文新1966年卒
  • 菅原  勉  文英1966年卒
  • 竹内 光   文新1962年卒
  • 反畑誠一   文新1960年卒  
  • 向井昌子   文英1966年卒
  • 山本明夫   文新1971年卒



なお、7月の「参火会」例会の最後に、メンバーの菅原勉氏が、今年5月の「春の叙勲」を受けられたという話を聞き、当日のメンバー全員が「受賞おめでとう」の拍手を贈りました。その受賞写真を、ぜひこのブログに掲載したいと氏に依頼し、この度メールを送ってもらいましたので、ここに掲載させていただきます。




春の叙勲者は、ほとんどが公務員で、民間での受賞はきわめてめずらしいものです。菅原勉氏が40年以上にわたり、外国語学部英語学科教授 (現・同学科名誉教授)として「音声学分野」で多大な研究成果をあげられたことが、高く評価されたものです。

2019年7月17日水曜日

第56回「参火会」7月例会 (通算420回) 2019年7月16日(火) 実施

「世界遺産を考える集い」第17回目 「世界遺産 第2シリーズ」④ アジア・オセアニア Ⅱ-1 

4月から再スタートした「世界遺産第2シリーズ」(DVD10巻)は、2003年から数年間にわたってNHKがユネスコと共同しながら制作・放送してきたものを、小学館が地域別に再編集し「NHK世界遺産100」(1~5巻) 「NHK世界遺産100」(6~10巻) として刊行したものです。各巻20か所・計200か所を収録しています。第1シリーズ (本田技研の系列会社「ピーエスジー」制作の12巻) によるDVDと重複するものは約半分ありますが、重複するものは特に重要な世界遺産といっても過言ではありません。小学館版「NHK世界遺産100」は、各世界遺産へのアプローチの仕方に独自性があります。

会のはじまりは、下記資料「2-3-1~20」が事前にメンバーに渡され、全員がこれを読んだ上で、「NHK世界遺産100」第4巻目の映像約90分のうちの前半 (2-4-1~10) 約45分を視聴しました。




2-4-1   屋久島 既出1-12-7
自然遺産 鹿児島県 1993年登録 登録基準②③
◇ 屋久島は面積約500㎢(東京23区ほど)のほぼ円形の島。海岸部の年間降水量は平均4000㎜を超え、九州最高峰1935mの宮之浦岳はじめ1000m以上の山が30峰もあり、これらの山頂では年間降水量は1万㎜にも達する。植物は海岸から山頂まで急勾配で垂直に分布しているが、やせた土壌のため少しずつしか成長しない。樹齢1000年を超えるものが「屋久杉」と呼ばれ、なかでも「紀元杉」は樹齢3000年、「縄文杉」は樹齢7200年といわれる。

2-4-2   日光の寺社 既出1-11-6
文化遺産 栃木県 1999年登録 登録基準①④⑥
◇ 江戸の工芸や建築の粋をこらして建てられた日光の社寺は、人工美の極致といわれる。湿気の多い日光で木造の建築を守ってきたのは、漆と漆塗りの修復工程を忠実に守る職人たち。彩色職人の名人が、日光の彩色を語ってくれる。

2-4-3   姫路城 既出1-11-5
文化遺産 兵庫県 1993年登録 登録基準①④
◇ 白漆喰で仕上げられたことで、舞い立つ白鷺にたとえられて「白鷺城」の別名のある姫路城は、その優美さで日本の城郭建築の最高傑作といわれる。いっぽう江戸時代初期に築かれたこの城は、鉄砲や弓矢を放つ「狭間」や「石落とし」などの実戦的がほどこされた難攻不落の要塞でもあった。太平洋戦争末期の大空襲にもほぼ無傷で残ったものの経年劣化が激しかったことで、1956年から「昭和の大修理」と呼ばれる8年にわたる解体修理が行われ、名城は蘇った。

2-4-4   厳島神社 既出1-12-4
文化遺産 広島県 1996年登録 登録基準①②④⑥
◇ 古来から信仰の対象だった安芸の宮島(別名厳島)に、1168年に壮大な社殿が作られた。平清盛が平家一門の栄華を願って造営した厳島神社だ。島の緑を背景に、朱塗りの神殿が海にせり出し、海上神殿という世界でも稀な風景をつくりだしている。

2-4-5   秦の始皇帝陵(と兵馬俑坑) 既出1-6-6
文化遺産 中国 1987年登録 登録基準①③④⑥
◇ 西安の東部にある秦の始皇帝陵は、中国全土を統一した中国史上最初の皇帝の陵墓。そのかたわらで発見された驚異的な遺跡が「兵馬俑坑」だ。兵士や軍馬の像約8000体で構成された、始皇帝が黄泉の国を支配するために作り出した地下の大軍団といえる。

2-4-6   蘇州の古典庭園 既出1-6-7
文化遺産 中国 1997年登録2000年範囲拡大 登録基準①②③④⑤
◇ 長江下流の町蘇州には、明・清時代に官僚や文人たちが作った庭園が数多く残る。それらの一つで蘇州随一を誇る「拙政園」は、桃源郷伝説に基づいてつくられた庭園で、庭の主である文人は桃源郷に身を置き、詩を読んだり、絵を描いたりしながら隠遁生活を楽しんだ。

2-4-7   黄龍 既出1-6-13
自然遺産 中国 1992年登録 登録基準⑦
◇ 黄龍は、成都市の360㎞北にある雪宝山(5588m)を主峰に3000m以上の高地にある棚田のような池と青い水が美しい観光地。ここで最も不思議な所が693の湖沼からなる「五彩池」で、池が連なっているのに緑・黄・青・白・金と違う色が見えてくる。

2-4-8   麗江
文化遺産 中国 1997年登録 登録基準②④⑤
● 納西(ナシ)族の営みを今に伝える古都
中国南西部の雲南省北西部に位置する麗江は、万年雪をいただく5596mの玉龍雪山のふもと2400mの高地にある。12世紀末~13世紀初め、茶葉の交易のためにこの地を訪れたナシ族が建設して以来、800年もの歴史を持つ。世界遺産に登録されたのは、麗江の中心にある旧市街と白沙・束河の二村で、少数民族ナシ族が暮らしている地域。ナシ族はチベット・中国両文化を吸収し、トンパ文字という独特の象形文字を持っている。四方街と呼ばれる広場を中心とした旧市街は、石畳の道が網目のように広がり、水路がめぐらされ、その両側に瓦屋根2階建て木造家屋が軒を重ねる姿は、古い日本の街並みと似ているという。

2-4-9   雲南(保護地域)の三江併流(群)
自然遺産 中国 2003年登録 登録基準⑦⑧⑨⑩
● アジアを代表する3つの大河の源
「雲南(保護地域)の三江併流(群)」は、中国のチベット高原に源を有する3つの川、長江上流部の金沙(きんさ)江、メコン川上流部の瀾滄(らんそう)江、サルウィン川上流部の怒(ど)江が、長さ170㎞にわたって平行に流れ、14の保護された地域からなる。面積は4万㎢にもおよび、6000種もの植物や中国全土の1/4にも及ぶ700種以上の動物が生息し、チベット・リス・ナシ・スー族など16の少数民族が暮らす多民族居住地域でもある。巨大な龍のような川が、山を巻くように流れる様は自然に宿る神のような存在で、自然の恵みに感謝する暮らしが営まれている。

2-4-10 ボロブドゥール寺院 既出1-5-8
文化遺産 インドネシア 1991年登録 登録基準①②⑥
◇ 1814年、ジャワ島中部の密林でピラミッドのような大建造物が発見された。これが8~9世紀に建てられたボロブドゥールと呼ばれる奇抜で複雑に構成された仏教寺院だった。4面すべて最上階の大ストゥーバへ通じる階段があり、各層の階段入口には鬼や龍で装飾されたアーチ門がある。大乗仏教の宇宙観を表す「曼荼羅(まんだら)」、または仏教の世界観を表す「三界」(欲界・色界・無色界)など、さまざまな説が唱えられている。


後半は、メンバーの竹内光氏から、8月20日に行われる「納涼参火会」の説明(具体的には8月初旬に全員へ通知) が行われ、続いてメンバーの菅原勉氏が5月8日から「紺碧に輝くギリシャ・エーゲ海クルーズ10日間の旅」にでかけた体験を、70枚近い写真をスクリーンに投射しながらレポートしてくれました。その1か月前の4月に、ほぼ同じコースを体験した小田靖忠氏がサポートしてくれました。船の中に泊まる3泊4日のエーゲ海クルーズでは、全員が避難訓練をしたあと、まさに紺碧の海・海・海の感銘、充実した船内食堂・シアターなどの娯楽施設や宿泊施設、トルコに上陸して世界遺産「エフェス(エフェソス)」遺跡を見学したり、エーゲ海最大の島でエーゲ文明発祥の地「クレタ島」や、サントリーニ島に寄って首都アテネに帰着。世界遺産となっているパルテノン神殿を中心に古代ギリシャ建築の最高峰で、戦いと知恵の女神アテナに由来する神殿群「アクロポリス」やオリンピア観光。古代世界の中心とされ「世界のへそ」と呼ばれたアポロの神託で知られる世界遺産「デルフォイ遺跡」。崖の上の奇岩に建つ24の修道院のある世界遺産「メテオラ」など、まるで、全員がいっしょに旅をしているような、臨場感あふれるものでした。全員に代わり、両氏に感謝を申し上げます。
(文責 酒井義夫)


「参火会」7月例会 参加者
 (50音順・敬称略)


  • 小田靖忠  文新1966年卒
  • 郡山千里  文新1961年卒
  • 草ヶ谷陽司 文新1960年卒 
  • 酒井猛夫  外西1962年卒
  • 酒井義夫    文新1966年卒
  • 菅原 勉  文英1966年卒
  • 竹内 光  文新1962年卒
  • 谷内秀夫  文新1966年卒
  • 深澤雅子    文独1977年卒
  • 蕨南暢雄  文新1959年卒

2019年6月19日水曜日

第55回「参火会」6月例会 (通算419回) 2019年6月18日(火) 実施

「世界遺産を考える集い」第16回目 「世界遺産 第2シリーズ」③  アジア・オセアニア Ⅰ 

4月から再スタートした「世界遺産第2シリーズ」(DVD10巻)は、2003年から数年間にわたってNHKがユネスコと共同しながら制作・放送してきたものを、小学館が地域別に再編集し「NHK世界遺産100」(1~5巻) 「NHK世界遺産100」(6~10巻) として刊行したものです。各巻20か所・計200か所を収録しています。第1シリーズ (本田技研の系列会社「ピーエスジー」制作の12巻) によるDVDと重複するものは約半分ありますが、重複するものは特に重要な世界遺産といっても過言ではありません。小学館版「NHK世界遺産100」は、各世界遺産へのアプローチの仕方に独自性があります。

前半は、下記資料「2-3-1~20」が事前にメンバーに渡され、全員がこれを読んだ上で、「NHK世界遺産100」第3巻目の映像約95分を視聴しました。




2-3-1   白神山地 既出…1-12-5
自然遺産 青森・秋田県 1993年登録 登録基準⑨
◇ 白神山地は約8000年前に形作られた世界でも最大級のブナの原生林。強い復元力を持つブナは豪雪に耐え雪解けとともに芽吹き大きな葉が雨を根元に蓄え、初雪が降るまで葉を落とさない。生長が遅く20mの高さになるまでに100年かかる。里の人たちは今も、森の奥に「白い神」が住むと信じる。

2-3-2   白川郷・五箇山 既出…1-12-1
文化遺産 岐阜・富山県 1995年登録 登録基準④⑤
◇ 日本有数の豪雪地帯の飛騨高地にある集落で、屋根が両手を合わせたように見える合掌造りの家屋で知られる。茅葺き屋根の葺き替えは40~50年に一度、田植え前の農閑期に村人総出で行われる。そこには、暮らしを支えあってきた人々のつながりと伝統がある。

2-3-3   知床 既出…1-12-6
自然遺産 北海道 2005年登録 登録基準⑨⑩
◇ アムール川(黒竜江)の大量の真水がオホーツク海に流れ込んで流氷が生まれ、北風と海流によって知床半島まで運ばれる。流氷には栄養分が溶け込んで知床の海は豊かな生命をはぐくみ、オキアミなどのプランクトン・小魚・スケトウダラと生と死の循環がくりかえされる。河川にはサケやマスが遡上してヒグマやキタキツネ、シマフクロウなどの鳥類を支える。

2-3-4   高句麗古墳群
文化遺産 北朝鮮 2004年登録 登録基準①②③④
● 謎多き高句麗文化をつたえる壁画古墳
「高句麗古墳」は、4~7世紀(騎馬民族の高句麗王国中・後期)に今の中国東北部から朝鮮半島北部につくられたもの。墓室内部に美しい壁画を残す古墳は約100基あるが、北朝鮮の首都ピョンヤン近くの16基の古墳が登録された。壁画は王を先頭とする華やかな行列から台所での調理の様子まで多岐にわたる。日本の高松塚古墳に描かれた女性像そっくりのものもあり、高句麗王国が日本と深い結びつきがあったことがわかる。この「高句麗古墳群」と同時に、中国では「古代高句麗王国の首都と古墳群」が登録された。なお、日本と北朝鮮には国交がないため、入国には中国ビザの代理申請をし、中国総領事館から認定を受けたツアーに参加する方法などがある。

2-3-5   九寨溝 既出…1-6-12
自然遺産 中国 1992年登録 登録基準⑦
◇ 渓谷(溝)にチベット族の暮す村(寨)が9つあることから「九寨溝」の名がついた。大小100を超える湖が数珠のように50㎞もつながる秘境。海底が隆起したことで多量の石灰が岩や土砂に付着し、水の色が微妙に変化する神秘的な景観を作り出す。

2-3-6   武陵源
自然遺産 中国 1992年登録 登録基準⑦
● 地殻変動によって隆起した「奇岩の森」
武陵源のある湖南省は、中国大陸を西から東に流れる長江(揚子江)中流部に位置する。「武陵源」は、標高1000mの山岳地帯にあって、高さ100~400mの巨大な岩(珪岩=けいがん)の柱が3100本以上も林立する秘境中の秘境。2500年ほど前から少数民族トゥチャ族やミャオ族が、外部と切り離された独自の社会を作ってきた。この一帯はもともと海で、1億8千万年前から続く地殻変動により隆起した海底の石英砂岩層が風化したことにより、独特の景観となった。総面積380㎢のうち、中心地区の7割が一般公開されている。なかでも「天子山自然保護区」は武陵源随一といわれ、雲海に浮かぶ壮大な奇岩の森はまさに絶景。ロープウェイを利用すれば雄大な景観を楽しむことができる。「張家界国家森林公園」には、標高1200mの黄石寨山頂から、深い森と岩峰群が織り成す山水画さながらの世界を一望に収められる。「袁(えん)家界自然保護区」は、標高1000mほどのところに断崖絶壁の絶景が続き、山頂へは50名ほどを一度に運ぶ百龍エレベーターで上ることができる。また、武陵源には氷河期を生き抜いた落葉高木キョウドウをはじめ3000種以上の植物、チュウゴクオオサンショウウオなど絶滅危惧種を含む希少動物も多く生息する。

2-3-7   アユタヤと周辺の歴史地区 既出…1-5-9
文化遺産 タイ 1991年登録 登録基準③
◇ 「アユタヤ」はチャオプラヤ川など3河川が合流する中州にあり、14世紀に成立したアユタヤ王朝の都・インドシナ半島を支配した国際都市として400年間も繁栄した。アユタヤ朝33人の王はスリランカ系の上座部仏教(小乗仏教)を篤く信仰し、約400の寺院を建設した。アユタヤに残る仏塔には仏舎利の代わりに王たちの遺骨が収められ、仏像は仏陀であると同時に王の肖像でもあった。

2-3-8   アンコール遺跡群 既出…1-5-11
文化遺産 カンボジア 1992年登録 登録基準①②③④
◇ 1113年、国内を統一したスールヤヴァルマン2世が30年余の歳月をかけて建設したアンコール・ワットは、ヴィシヌ神を祀るヒンドゥー教の寺院で、クメール王国の栄華を伝える聖なる遺構。1432年にタイのアユタヤ朝にほろぼされるまで26人の王を輩出し、インドシナ半島の大半を支配した。1860年に博物学者に発見されて世界の注目を集めたものの、1970年代にカンボジアの内戦が始まると、アンコールの遺跡群も破壊や崩壊の危機にさらされた。1991年に停戦後は、日本の上智大をはじめとする国際的な修復支援や保存作業が行われ、往時の姿がよみがえりつつある。

2-3-9   古都ホイアン 既出…1-6-2
文化遺産 ベトナム 1999年登録 登録基準②⑤
◇ 外国との交易で発展したホイアンは、17世紀には日本商人が数百人も訪れ、日本町もあった。1593年日本人が建設した屋根付きの橋・日本橋は、鎖国によって日本人が去った後に中国商人が架け替えて来遠橋と呼ばれ、今も行き交う人に利用されている。多様な文化を取り込んだ古い街並みの港町もやがて中国風になっていった。現在、中国人薬商の家や漁師の家などが往時の姿で残っており、一部が一般公開されている。

2-3-10 ミーソン聖域 既出…1-6-1
文化遺産 ベトナム 1980年登録 登録基準④
◇ ミーソンは、7世紀からベトナム中部に栄えたチャンパー王国の聖地。王国はインドネシア系チャム族が築き、ヒンドゥー教が信仰されたことで13世紀までにシヴァ神を祀るたくさんの宗教施設が建てられた。とくに歴代の王たちによる70以上の塔がミーソン遺跡の特徴。塔には王の姿のシヴァ神が祀られ、無数の彫刻が飾られていた。ベトナム戦争での破壊を乗り越え、今も修復が続く。

2-3-11 グヌン・ムル国立公園 既出…1-6-18
自然遺産 マレーシア 2000年登録 登録基準⑦⑧⑨⑩
◇ ボルネオ島北西部にあるグヌン・ムル国立公園には、標高2371mのグヌン・ムル山などの高山が聳え、広大な熱帯雨林が拡がる。森は動植物の宝庫であり、地下は世界最大規模の洞窟群がある。4つの洞窟が公開されているが、ボルネオ島最大の洞窟ディアケーブでは、晴れた日の夕暮に数百万羽というグールドカグラコウモリの群れが餌を求めて飛び立つ幻想的な光景に出会える。ジャングルには哺乳類67種、チョウ281種、鳥類262種が生息する。

2-3-12 ビガン歴史地区
文化遺産 フィリピン 199年登録 登録基準②④
● スペイン植民地時代の情緒あふれる港町
ルソン島の南シナ海を臨むビガンは、16世紀後半スペインに征服され、中国やメキシコとの交易で発展した。南北1㎞の石畳には約30軒のスペイン風の重厚な石造の建物が軒を連ね、西洋風の街並みを今に残す。第2次世界大戦で焼失の危機にあったとき、街を救ったのは日本軍の司令官によるフィリピン人の妻と二人の娘への愛だった。

2-3-13 コルディエラの棚田
文化遺産 フィリピン 1995年登録 登録基準③④⑤
● 2千年にわたって受け継がれた棚田
ルソン島北部に位置するコルディエラの山裾に連なるライステラスと呼ばれる棚田は、少数民族イフガオ族によって作られたもので、標高1000~2000mの斜面に広がっている。この棚田を生んだ農耕技術は、2千年にわたって口承によって受け継がれ、急斜面に沿って広がる景観は「天国への階段」と呼ばれてきた。棚田の畦をつなげると、2万㎞にもなり地球を半周するという。棚田の幅は2~3m、壁や石垣の部分は30㎝ほどしかないため、農作業は水牛を使うことがあるもののほぼ人力で行われる。しかし、米を大切にし、自給自足の生活をしてきたイフガオ族は、いま転機を迎えている。棚田に水を供給してきた森は、伐採によって水を蓄える力を失いつつあり、村にも貨幣経済の波が押し寄せて若者が出稼ぎをするようになってきたこともあり、2001~12年までこの地は危機遺産リストに登録された。ユネスコは伝統的な知識を次世代に伝えるための活動などの保全対策を進めている。

2-3-14 タージ・マハル 既出…1-5-7
文化遺産 インド 1983年登録 登録基準①
◇ 17世紀にムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンが、36歳の若さで亡くなった愛妃ムムターズ・マハルのために建てた霊廟建築。白亜の大理石が柔らかな曲線を描くドーム、天国の象徴である星型の文様が芝生や敷石にも使われる庭園など、イスラム文化の様式で貫かれている。

2-3-15 モヘンジョダロ遺跡
文化遺産 パキスタン 1980年登録 登録基準②③
● インダス文明最大の計画的都市遺跡
世界4大文明のひとつのインダス文明は、BC2000~1800年頃インダス川流域に興り、1850年代にハラッパー遺跡が発見されたのがきっかけとなって、今日までに東西1600㎞、南北1400㎞もの広大な地域に300近い遺跡が発見されている。モヘンジョダロ遺跡は、1922年にインド人考古学者によって発見され、その後の詳細な調査により、優れた水利システムで上下水道が完備され、排水溝は道路に沿って伸びているなど、高度に発達した文明による計画都市であることが判明した。丘の上に神官階級が住んでいた城塞地区と庶民が居住していた市街地区に二分される。城塞地区には穀物倉庫・大沐浴場・集会所など公共施設が設けられており、なかでも12×7mの大沐浴場は宗教儀式などが行われた重要な施設と考えられている。市街地区は、都市計画が行き届き、幅10mの大通りをはじめ碁盤目状に区画され、通りに排水溝やごみ箱が設けられた衛生的な都市だった。しかし、現在は地下水位が上昇し、塩害により遺跡崩壊の危機に瀕している。

2-3-16 聖地キャンディー 既出…1-5-16
文化遺産 スリランカ 1988年登録 登録基準④⑥
◇ キャンディー王朝が16世紀に建てた「仏歯寺」は、仏陀の糸切り歯を祀る寺。王権の象徴である仏歯を年に一度持ちだす「ぺらへら祭」では、仏歯を乗せたゾウを中心にした行進が10日間も続く。災いを払う火の粉がまき散らされ、祭りはクライマックスを迎える。

2-3-17 ペトラ 既出…1-7-12
文化遺産 ヨルダン 1985年登録 登録基準①③④
◇ ペトラは、2000年前に砂漠の隊商を支配した古代ナバテア王国の都だった。土木技術や芸術にも優れた才能を発揮し、巨大な砂岩を刻んで壮麗な建物をつくり、900㎢の地域に王宮をはじめ、劇場、神殿、浴場など800もの建物を残したと推定されている。

2-3-18 バム遺跡
文化遺産 イラン 2004年登録2007年範囲拡大 登録基準②③④⑤
● 交易で繁栄したオアシス都市
イラン南部高原の砂漠地帯にあるバムは、紀元前にさかのぼる歴史を持ち、7~11世紀にシルクロードとインドへの交易路交差する交通の要衝として全盛期を迎えた。絹や綿製品の生産地としても知られ、古くからカナートと呼ばれる地下用水路を活用して、豊かなオアシス生活が営まれていたと推定される。16~18世紀に度重なる異民族の侵入で無人となった。2003年の大地震で潰滅的被害を受けたが、ユネスコはバムの復興支援も兼ねて2004年に登録すると同時に危機遺産にも緊急登録した。そして2013年6月、遺跡の修復・保全活動が評価されて危機遺産リストから除外された。かつての姿を再現する大きな手がかりとなったのは、NHKが地震前に撮影した映像だったという。

2-3-19 カッパドキア 既出…1-4-9
複合遺産 トルコ 1985年登録 登録基準①③⑤⑦
◇ トルコ中部にあるカッパドキアは、「妖精の煙突」と呼ばれる奇岩が林立していることで知られているが、ここには数千年におよぶ人の営みがあった。岩山の穴にキリスト教徒たちはフレスコ画で修飾した教会を作った。その後、敵の攻撃から身を隠すために地下8階にも及ぶ地下都市へと発展する。

2-3-20 ニュージーランド亜南極諸島
自然遺産 ニュージーランド 1998年登録 登録基準⑨⑩
● 暖流と寒流の合流する多様な生物の繁殖地
「ニュージーランド亜南極諸島」の登録範囲は、ニュージーランドの南200㎞のところにあるスネアーズ諸島・アンティポデス諸島・オークランド諸島・バウンティ諸島・キャンベル島と島々の周囲約22㎞の区域で、総面積は約764㎢。多くの貴重な昆虫・鳥類・植物などが生息していて、現在確認されている鳥類は約120種、海鳥は40種に及ぶ。スネアーズ諸島の近海では、寒流と暖流が衝突して大量のプランクトンが発生し、それを食べる魚類がたくさん集まってくるため、鳥たちにとっては絶好の繁殖地となっている。スネアーズ・ペンギンは、海辺から4時間も歩き通し、森の奥にたどり着く。ペンギンの祖先は森の中に巣を作る海鳥で、この島のペンギンは太古の暮らしを留めている。また、絶滅危惧種のニュージーランド・アシカの95%が亜南極諸島に生息している。生態系を維持するため、この地域への立ち入りは厳しく制限されている。


今回は、「2-3-8  アンコール遺跡群」視聴後に、この遺跡がカンボジア内戦により破壊や崩壊の危機におちいったこと。1993年に上智大学の石澤良昭教授を中心とした「アンコール遺跡調査団」が結成され、修復支援や保存を行ったことで2004年に危機遺産リストから脱し、今も活動を続けていること。その活動への支援のきっかけがNHKの「プロジェクトX」の感動的映像だったことから、過去16回にわたる「世界遺産を考える集い」で視聴してきたDVDの貸出制が提案され了承されたことから、次回例会で詳細内容プリントを用意することになりました。
後半は、NHKに復帰した山本明夫氏の近況報告でしたが、前回に続き今回も中途半端に終わって失礼しました。そこで、次回以降は映像の視聴は1/2とすることにしたいと考えております。なお、今回初参加のイザンベール真美さんは、「法国卒」とありますが、「法学部国際関係法律学科卒」で外国語学部フランス語学科(外仏)からの転部だそうです。卒後は、東京大学大学院国際関係論博士課程を修了し、現在、上智大学と東京外語大学で政治学・国際政治学の講師をされています。蕨南暢雄氏の紹介によるもので、今後は常連メンバーとして参加してくれることを期待いたします。
(文責 酒井義夫)


「参火会」6月例会 参加者
 (50音順・敬称略)


  • イザンベール真美 1990年法国卒
  • 小田靖忠  文新1966年卒
  • 草ヶ谷陽司 文新1960年卒 
  • 酒井猛夫  外西1962年卒
  • 酒井義夫    文新1966年卒
  • 菅原 勉  文英1966年卒
  • 反畑誠一  文新1960年卒
  • 山本明夫  文新1971年卒
  • 蕨南暢雄  文新1959年卒

2019年5月22日水曜日

第54回「参火会」5月例会 (通算418回) 2019年5月21日(火) 実施

「世界遺産を考える集い」第15回目 「世界遺産 第2シリーズ」② ヨーロッパ Ⅱ 

前回(4月例会)から再スタートした「世界遺産第2シリーズ」(DVD10巻)は、2003年から数年間にわたってNHKがユネスコと共同しながら制作・放送してきたものを、小学館が地域別に再編集し「NHK世界遺産100」(1~5巻) 「NHK世界遺産100」(6~10巻) として刊行したものです。各巻20か所・計200か所を収録しています。第1シリーズ (本田技研の系列会社「ピーエスジー」制作の12巻) によるDVDと重複するものは約半分ありますが、重複するものは特に重要な世界遺産といっても過言ではありません。小学館版「NHK世界遺産100」は、各世界遺産へのアプローチの仕方に独自性があります。

前半は、下記資料「2-2-1~20」が事前にメンバーに渡され、全員がこれを読んだ上で、「NHK世界遺産100」第2巻目の映像約95分を視聴しました。




2-2-1   ポンペイ遺跡  既出…1-3-5
文化遺産 イタリア 1997年 登録基準③④⑤
◇ 紀元79年ベスビオ火山の大噴火により人々の平和な生活は一瞬にして奪われた。1700年後の発掘によって、当時の街並みと人々の暮らしぶりが火山灰の下から出現した。

2-2-2 サンタ・マリア・デレ・グラツィエ修道院
文化遺産 イタリア 1980年登録 登録基準①②
● レオナルド・ダ・ヴィンチの不朽の名作が残された修道院
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院は、15世紀半ばにドメニコ会の修道院としてゴシック様式でつつましく建てられていた。これを1492年、ミラノ公ルドヴィコは、一族の霊廟にするため、ルネサンス建築の先駆者で当世一の建築家ブラマンテに再建を依頼すると、ブラマンテは聖堂の北側に、修道院の景観を見渡すルネサンス様式の回廊を造り、 巨大な円蓋を載く内陣を新たに建設した。さらにミラノ公は1494年、巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチに、修道院に隣接する食堂の壁画に『最後の晩餐』の制作を依頼した。2年後、縦4.2m横9.1mの大画面となって完成した作品は、「この中に裏切り者がいる」と、イエス・キリストとその言葉に驚愕して動揺する使徒たちを描いたもので、磔刑前夜の劇的瞬間を描いた芸術史に新しい時代を開いた名作として讃えられている。当時の壁画は、漆喰を塗った壁に水で溶いた顔料で描くフレスコ画が主流で、漆喰が乾く前に一気に仕上げねばならず、作業の中断や描き直しは不可能だった。気が乗らないとすぐに仕事を中断し、熱中すれば何度でも描き直したダ・ヴィンチは、中断や描き直しができるテンペラ画法(乾いた壁に、顔料を卵などの溶剤で練った絵の具で描く)を選択した。ところが、テンペラは絵の具が壁に染み込まず、やがて湿気で剥落する運命にあった。完成してまもなく、絵には細かい亀裂が生じていたため、ダ・ヴィンチは、それを一度は塗り直したものの、ミラノを去り、以後、この絵に執着することはなかった。剥落は次第に激しくなり、50年後には絵の多くが傷んでいた。18世紀の修復家は、油彩で筆を入れ、原画を描き変えるなど強引な修復が行われ、これは美術ファンの期待を裏切るものだった。1977年に、本格的な修復活動が始まった。修復家のピニン・ブランビッラが中心になり20年以上の歳月をかけたもので、表面に付着した汚れなどの除去、レオナルドの時代以降に行なわれた修復による顔料の除去が進められたことで、後世の修復家の加筆は取り除かれ、「キリストの口が開いていた」「背景の左右の壁にある黒い部分には花模様のタペストリがかけられていた」などが新たに判明するなど、この執念の修復で、500年ぶりにダ・ビンチの原画が復活した。
  
2-2-3 サヴォイア家の王宮
文化遺産 イタリア 1997年登録2010年範囲変更 登録基準①②④⑤
● 名門家が代々築いたバロック建築の街並み
イタリア北西部のトリノにあるサヴォイア家の王宮や邸宅群は、フランス出身だった同家が領土を拡げ、その支配力を誇示するために建設した。サヴォイア家は、11世紀ころにアルプス地方サヴォアに興った家系で、13~15世紀に北イタリアに領土を拡大し、1416年にサヴォイア公国となった。16世紀半ばにサヴォイア公国は首都をトリノに移し、王家の権勢を示すために王宮の建設と都市の整備を命じると、当時のトップクラスの建築家や芸術家が集められ、トリノ市街の宮殿から狩猟小屋に至るまで、設計・装飾された。建築事業は後継者にも引き継がれ、17~18世紀には、4階建ての建物が整然と並ぶ街並みと、ヴェナリア城・マダマ宮殿・カリニャーノ宮殿などバロック建築が威容を誇る美しい町となり、「イタリアのパリ」と称された。公国は1720年にサルディーニャ島を併合してサルディーニャ王国として発展、そののちジェノヴァも獲得してイタリア1の雄邦となってイタリア統一運動のけん引役となった。1861年の統一後、初代イタリア国王にサヴォイア家のヴィットーリオ・エマヌエレ2世が即位し、トリノは王国初の首都となって、イタリア王国統一後の初議会はカリニャーノ宮殿で開かれた。第2次世界大戦後の1946年にイタリアが共和制になったことでサヴォイア家は廃絶したが、王宮をはじめとする多くの邸宅群、トリノ郊外の田園に狩猟のために建設されたストゥビニージ館まで、多くの建物が世界遺産に登録され親しまれている。なお、イタリア独特の細長いパン・グリッシーニは、トリノのサヴォイア王家で誕生したもの。

2-2-4 セゴビア旧市街と水道橋 既出…1-1-1
文化遺産 スペイン 1985年登録 登録基準①③④
◇ 1世紀ごろに建設され、2000年近くも町に水を運んできた。石はただ積まれているだけにも関わらず、大きな修理をすることがない。古代ローマ時代の土木技術の高さを現代に伝える。

2-2-5 セビリア大聖堂 既出…1-1-7
文化遺産 スペイン 1987年登録 登録基準①②③⑥
◇ 新大陸貿易の拠点セビリアにある巨大な聖堂にはコロンブスの柩を安置する。全面黄金に塗られた世界最大の祭壇衝立・中央のマリア像は、セビリアがマリア信仰の中心であることを証明。

2-2-6   オビエドとアストゥリアス王国の建造物
文化遺産 スペイン 1985年登録1998年範囲拡大 登録基準①②④
● イベリア半島に残ったキリスト教徒の牙城
イベリア半島は、711年にイスラム勢力によりほぼ全土が支配されたが、スペイン北西部のアストゥリアス地方は唯一支配を逃れた。オビエドは、718年に建国されたアストゥリアス王国時代に首都だった地で、8~10世紀に多くの教会が建てられた。世界遺産に登録されたのはオビエド市街と郊外に残るサン・ミゲル・デ・リヨ教会など6つの教会と関連施設。のちにキリスト教徒がイスラム勢力から国土を奪回する運動レコンキスタは、ここを拠点にして始まったことから、スペインの原点ともいえる歴史の重みを背負った聖地。

2-2-7 ベルサイユ宮殿と庭園 既出…1-2-5
文化遺産 フランス 1979年登録 登録基準①②⑥
◇ フランス絶対王政を象徴する宮殿を昔のまま守る時計職人が独白する。式典や舞踏会が開かれた「鏡の間」には国家の栄光が、広大な庭園には王の束の間の休息の時間が刻まれている…と。

2-2-8 シャンボール城 既出…1-2-8 (ロワール渓谷)
文化遺産 フランス 2000年登録 登録基準①②④
◇ ロワール渓谷に王侯貴族たちが競って建てた城館群のひとつで、フランソワ1世が建て、当時64歳だったレオナルドダヴィンチを招き、新しい理想都市の構想を練った。レオナルドの死後、彼の構想した二重螺旋階段を実現するなど、敷地5500万㎡、建物は幅156m奥行117m、部屋数440という壮大な城は、フランス・ルネサンス様式の最高傑作と高く評価されている。

2-2-9 シャルトル大聖堂 既出…1-2-14
文化遺産 フランス 1979年登録 登録基準①②④
◇ 十字架の形をした大聖堂は、176の窓すべてがステンドグラスで飾られ、刻々と変わる神秘的な光がキリスト教の世界を伝える。文字の読めない人たちは、ステンドグラスを通して聖書物語を知った。ステンドグラス美術館ともいえそう。
 
2-2-10 アミアン大聖堂 既出…1-2-12
文化遺産 フランス 1981年登録 登録基準①②
◇ ゴシック建築の傑作とされる大聖堂の建物には「石の百科全書」といわれる彫刻群で装飾されている。文字を読めない人も彫刻の「聖書物語」から聖書を学び、内に入って天国を感じ、神に近づくのだという。 

2-2-11  ヴェズレーの聖堂と丘
文化遺産 フランス 1979年登録 登録基準①⑥
● ロマネスク彫刻の傑作を擁する教会
ブルゴーニュ地方にあるヴェズレーの丘には、12世紀初頭に建てられたサント・マドレーヌ教会がある。ここにはキリストの死と復活を見届けたマグダラのマリア(聖女マドレーヌ)の聖遺骨が祀られ、精霊が宿ると信じられていた。東西120m、身廊(入口から主祭壇に向かう中央通路のうちの袖廊に至るまでの部分)は長さ64m・幅12m・高さ18mと大規模な聖堂で、12世紀にはサンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼道の起点となり、現代も続いている。1279年にプロヴァンスでマドレーヌの遺体が見つかったことで偽物説がでたもののルイ9世が本物と認めた騒動、英仏百年戦争、フランス革命などで聖堂は荒廃したが、19世紀に修復されて蘇った。100を超える身廊の円柱には、獅子やゾウなどの動物や、植物をモチーフにした彫刻で飾られている。特に柱頭彫刻「神秘の粉ひき」、身廊入口の「使徒に布教の使命を与えるキリスト」は、ロマネスク彫刻の傑作として名高い。

2-2-12 ハドリアヌスの長城 (ローマ帝国の境界線)
文化遺産 イギリス 1987年登録2005・08年範囲拡大 登録基準②③④
● 拡大し続けたローマ帝国の国境を守る防護壁
1世紀半ばローマ帝国は、イングランドまで領土を拡大し、グレート・ブリテン島で北方のケルト民族の侵入に苦しんでいた。ハドリアヌス帝は、防壁の建設を命じ、126年に西海岸のボウネスと東海岸のウォールズエンドを結ぶ全長120㎞の長城を完成させた。2世紀末には、土と泥炭で作られた土塁は石積みに改築し、15の城砦と約1.5㎞ごとに見張り塔を持つ砦や監視所を置き、1万人ものローマ兵が駐留したという。4世紀後半にローマ軍は撤退したが、17世紀初頭にはかつての長城は、イングランドへ侵入しようとするスコットランド人の侵入を防ぐ防壁の役割をはたした。なお、登録当初は「ハドリアヌスの長城」だったが、ライン川とドナウ川を結ぶ全長550㎞のドイツのリーメス(ゲルマン民族の襲撃に備えた)に範囲が拡大されたことにより「ローマ帝国の境界線」と名称変更された。

2-2-13 フランドル地方の鐘楼 (ベルギーとフランスの鐘楼)
文化遺産 ベルギー・フランス 1999年登録2005年範囲拡大 登録基準②④
● 多様な様式で建てられた「自由と繁栄の象徴」
ベルギーのフランドル地方に26件・ロワン地方に7件のほか、フランスのノールドパカレー地方に17件・ピカルディ―地方に6件の鐘楼が登録されている。これらの諸都市は古くから毛織物工業と海外交易により発展してきた。13~15世紀には、豊かな経済力を背景に領主と対抗し、市民による自治権の拡大に成功して絶頂期を迎えた。その象徴と言えるものが広場や市庁舎、聖堂などに市民が設置した鐘楼で、鐘楼の最上部に「カリヨン」とよばれる組鐘があり、時を告げる役割を担ってきた。カリヨンの音色は、今も昔も自由のシンボルとして町々に響きわたる。

2-2-14 シェーンブルン宮殿と庭園 既出…1-3-11
文化遺産 オーストリア 1996年登録 登録基準①④
◇ 「日没なき帝国」といわれたハプスブルク家唯一の女帝マリア・テレジアが、18世紀半ばに居城として大改造したのが独特の黄色(マリア・テレジア・イエロー)に統一された大宮殿。女帝が16人の子を育てた場所でもあった。 

2-2-15 プラハ歴史地区 既出…1-4-2
文化遺産 チェコ 1992年登録 登録基準②④⑥
◇ チェコの首都プラハは14世紀に大いに発展したが、15世紀以降は苦難の道を歩んだ。それを象徴するのがプラハ城で、争いの舞台になって他国の支配を受けたが、第一次世界大戦後に「真実は勝つ」と書かれた大統領旗が城に掲げられ、独立が実現した。
 
2-2-16 ハンザ同盟都市リューベック
文化遺産 ドイツ 1987年登録 登録基準④
● 「ハンザの女王」と呼ばれた中世の商業都市
ドイツ北東部、トラヴェ川の中州にあるリューベックは、1143年にホルシュタイン伯アドルフによって建設され、ザクセン公ハインリヒ3世の保護を受けて発展。1226年に神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世から「帝国自由都市」の特権を与えられると、バルト海沿岸で初となる自由都市となった。12世紀にバルト海沿岸の交易を400年以上も独占し続けた「ハンザ同盟」が誕生すると、その盟主となり、1669年に解散するまで、「ハンザの女王」として繁栄し続けた。14、15世紀がハンザ同盟の全盛期といわれ、加盟都市は200以上、2000~3000もの船が穀物・木材・毛皮・鉱石・蜜蝋・琥珀・塩・ワイン・亜麻布・干魚やニシンなどを運んでいた。軍隊まであり、1370年にはデンマークを破った実績もあるという。街を象徴する2本の尖塔が印象的な「ホルステン門」をくぐるとレンガ造りの旧市街が広がる。そこには、「マルクト広場」に面してドイツ最古のゴシック様式建築の「市庁舎」、125mある2基の尖塔をもち、バッハがパイプオルガンに魅了されたという「聖マリア聖堂」ほか5つの聖堂、ドイツ初の福祉施設「聖霊病院」、船員組合会館など、13~17世紀の建築物が立ち並び、往時の繁栄をしのばせる。

2-2-17 ケルン大聖堂 既出…1-3-16
文化遺産 ドイツ 1996年登録 登録基準①②④
◇ ライン河畔の大都市ケルンでも、高さ157mの大聖堂はひときわ目立つ街のシンボル。13世紀に建設が始まり600年の歳月をかけて完成した。2004年、ライン対岸の再開発計画のために危機遺産となったが、大聖堂の周囲に高さ規制を敷くなど市の懸命な努力で2006年に解除された。

2-2-18 中部ライン渓谷 既出…1-3-18
文化遺産 ドイツ 2002年登録 登録基準②④⑤
◇ ロマンティックな古城を愛でながらライン川を下る観光は人気が高い。14世紀、ここでは60もの税関が往来する船から通行税を徴収し、払わない船には武力を行使したという。優雅な古城の知られざる一面も描く。

2-2-19 モルドバ地方の教会群
文化遺産 ルーマニア 1993年登録 登録基準①④
● 聖なるフレスコ画に包まれた聖堂群
ルーマニア北東部にあるモルドバ地方は、かつてモルドバ公国に支配されており、15世紀後半からおよそ100年間シュテファン大公からペトル・ラレシュ公の治下に黄金時代を迎えた。バルカン半島で唯一、オスマン帝国軍の脅威に屈することなくキリスト教信仰が守られ、多くの宗教建造物が残された。オスマン帝国に勝利したことを記念し、大公が1488年に建てたボロネツ修道院聖堂をはじめ、スチャヴァ・モルドビツァ・フモール・アルボレ・パトラオツィ・プロボタの7つの修道院聖堂が登録されている。これらの建物は、内壁も外壁も聖書を題材にしたフレスコ画で覆いつくされ、文字の読めない人にも聖書が理解できるように配慮されている。とくに、ボロネツ修道院聖堂は必見で、聖人たちの絵がすきまなく埋められ「ボロネツの青」として賞賛される青色の外壁をもち「東欧のシスティナ礼拝堂」とよばれている。

2-2-20 マラムレシュの木造教会群
文化遺産 ルーマニア 1999年登録 登録基準④
● 教会本体には礎石もなく釘などいっさい使用しない木造教会
ルーマニア北西部マラムレシュ地方は、ウクライナと国境を接する丘陵地にある。伝統的な農林業と牧畜が営まれ、人々は今も伝統的な生活を続けている。「マラムレシュの木造教会群」は、トウヒなど木材のみで18~19世紀にかけて作られたゴシック様式の多くの建築物のうち、聖大天使教会、シュルデシッチ教会など8棟の教会が登録された。いずれも長く四角いとんがり帽子のような板葺き屋根に特徴があり、屋根の上にはほっそりした時計塔を兼ねた鐘楼がある。内部は民衆画家によって描かれたイコン(聖画像)で埋め尽くされ、村人たちの深い信仰心を伝えている。


上記の映像を視聴後、メンバーの竹内光氏から、休会の予定だった「8月例会」を『納涼参火会』として、8月20日に行ってはどうかという提案がありました。昨年の春に完成した「日比谷三井タワー」こと「ミッドタウン日比谷」を見学してから日比谷公園を散策、のどが渇いたころに「日本記者クラブ」で、冷えたビールで乾杯しようという提案でした。全員が賛成したことで、6月の参火会例会で、集合場所・時間など、より具体的な話をしてもらうことになりました。引き続き、メンバーの山本明夫氏から近況報告があり、松蔭大学教授を退任したこと、3月から渋谷NHKの臨時職員として復帰したことが告げられると、ひごろNHKに対しての疑問などが多く出されたために時間がなくなり、これも次回に持ち越します。
(文責 酒井義夫)


「参火会」5月例会 参加者
 (50音順・敬称略)


  • 郡山千里  文新1961年卒
  • 草ヶ谷陽司 文新1960年卒
  • 酒井猛夫  外西1962年卒
  • 酒井義夫    文新1966年卒
  • 菅原 勉  文英1966年卒
  • 竹内 光  文新1962年卒
  • 谷内秀夫  文新1966年卒
  • 反畑誠一    文新1960年卒
  • 向井昌子  文英1966年卒
  • 山本明夫  文新1971年卒
  • 蕨南暢雄  文新1959年卒